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2003/05/01

「今、ここではないどこか」ではなく

E気配コレクション 030501

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

Img_3289_s_2 20歳の頃、1年ほどヨーロッパに行っていました。何をしていたかと言えば、名目は留学で、実際は皿洗いとヒッチハイクの繰り返し。
ヨーロッパへの往路はソ連経由のパッケージツアー。なにしろ、これが一番安かったんです。横浜からナホトカまでは船。ナホトカからハバロフスクまで汽車に乗って、そのあとは飛行機で、日本を離れてから4日半目に、やっこらしょっと夜のモスクワに到着。おそろしく寒々としたモスクワで2泊して、ウィーンまで飛行機、さらに汽車に乗ってローマにたどり着く、という悠長というか、まわりくどい旅だったんです。

モスクワでツアーパックは解散し、そのあとは各人が別々の方向に旅立ちます。ウィーンを経由するのは僕一人でした。早朝にウィーンに着き、ローマ行きの汽車が出るのは夜の11時なんです。その間を過ごすために、一人でウィーンの街の中心部に行って、僕はぐわあああんと圧倒されてしまいました。なにしろ、いきなりの、一人きりの、はじめてのヨーロッパです。一応、空港でもらった市内の観光地図は持っていたけど、どこに行けばいいのか、皆目見当がつきません。なによりも、

どこでどうやって飯を食えばいいのか

わからなかったし、どこでなら小便ができるのかもわからなかった。そんなことを全く調べずに、そして日本語が通じないということがどういうことなのか、ろくに考えもせずに、日本を飛び出してきたことが悔やまれました。が、悔やんでももう遅い!

おまけに、10月末のウィーンの街はずいぶん寒かったのです。その寒い街を、どこかに立ち止まるのすら怖くて、ひたすら歩き回っていたわけです。飯は、とてもレストランなんかに入る勇気がでなくて、屋台のようなところで売っていたバナナを一房買って、なんや、日本のバナナとウィーンのバナナはいっしょやんか、などと、自分を鼓舞するために馬鹿みたいな一人ごとをつぶやいて、歩きながらむしゃむしゃです。小便のほうは公園の木陰に隠れて済ませました。もう少し大きいほうをしたくならなかったのが不思議でしたが、ありがたかった。きっと大腸もびびっていたんだろうと思います。今から考えればあほみたいな情けない話しですけどね。

そうやって、ひたすら追い立てられるように歩き回りながら、僕は、この石だけでできあがった怪異な都市に圧倒され続けていたんです。それまで見知った日本の都市とは全く違う街。古びていながら、巨大にして強固。寒々とした雰囲気を漂わせながらも、華麗で豪奢な都市の光景に、まともに「眼をとばす」勇気もでないままに

完全にのみこまれていた……

そんな気分だったんです。
「こんな感じのとこで、これから1年も過ごさなあかんのか」と思うとボーゼンとしました。しかし、ボーゼンとしながらも、胸はけっこう高鳴っていたんです。なんというか、自分は全く場違いなところに来てしまったけど、場違いすぎて淋しすぎて頼りなさすぎて、しかも相手はよそよそしすぎて強烈すぎて、なおかつ足は痛いわまた腹はへってくるわおしっこはしたいわまわりを歩く人の背はたかいわ顔は小さいわ銅像は居丈高だわ日は暮れてくるわ…で…これだけまわりに圧倒されると、けっこう感動してしまうものなんですね。「新鮮な衝撃」という言葉はこういう時に使わずに、どういう時に使うねん!という感じです。

……と、話しは今になります。

先日、いささか酔っぱらいながら深夜のNHKテレビを見ていたら、ウィーンの街の映像が映し出されました。酔いの後押しもあってか、いきなり20歳の頃に体験したウィーンのイメージが、うわああっと頭の中に拡がって、これまた、ジジイ化途上の酔っぱらい特有の現象として、思わず涙まででそうになったんです。こういう恥ずかしいことまでしゃあしゃあと書いてしまうのも、ジジイ化途上の酔っぱらいに特徴的なことかも知れませんけど。
それはさておき、今なら、そんなに無理をしなくてもウィーンには行けます。でも、20歳の時に体験したウィーンに行くことは絶対に不可能なんですよね。あんな「圧倒され尽くす」ような体験は、たぶん、これからはもうないのだろうと思うと、酔っぱらいはだいたいにおいて、涙ぐみそうになるものなんです。

僕は、子供のころからけっこう「日常的なもの」が苦手だったようです。「日常的なもの」が苦手だということは、いつも

「今、ここではないどこか」を求めてしまう

ということなんですね。その「どこか」にかなり近いレベルで現実に出会うことのできた希有な例が、いきなりの、ひとりきりの、はじめてのウィーンだったように思うんです。だからこそ、そのウィーンは、僕の頭の中で非常に強力なうるうるパワーを放つ「今、ここではないどこか」として、涙腺を緩ませてしまうわけなんだと思います。

「今、ここではないどこか」にはロマンがあふれていて、ドラマがあって、信じられないほど深く赤い夕焼けのあとに蛍が明滅して、街中にほのかに甘い香りが漂っていて、障子を開けると黒々とした海峡に雪が舞っていて、なにか少し危険な臭いがあって、エメラルドグリーンの湖まであって、街の灯りがちらちらしていて、遠くでひぐらしが鳴いていて、強い西日が摩天楼を金色に染めていて、なおかつきれいなおねえさんがいるわけです(あのときのウィーンとは様子がずいぶん違うではないか)……が…「今、ここではないどこか」はどこまで行っても「今、ここではないどこか」なんですね。「今、ここではないどこか」なんですから。

僕もある程度は大人になっているつもりですから、(ほんまにそうか?という声も聞こえてきますが)昼間、仕事をしている時にも、口をだらしなく開いたまま目をうつろにして「今、ここではないどこか」を追い求めたりすることはありません。今、ウィーンに行っても、20歳の時のウィーンには絶対に出会えない、ということも充分わかっています。なにか少し危険な臭いがあってなおかつきれいなおねえさんがいる、というシーンが

僕には全く似合わない

ということももちろん理解しています。それでも「今のここ」だけの平凡さに埋没しきるのがカッコイイという境地にまでは悟りきれていません。たぶん、一生、無理でしょうね。

なら、どうすればいいか。もう一度「今、ここではないどこか」を追い続ける紅顔の美少年(僕のことです!)に戻ってしまう、というのもひとつの手です。しかしこの方法では、飯を食う手段を失ってしまう可能性が非常に高く、しかも酒に酔った赤ら顔の年を食った美少年を「紅顔の美少年」と呼んでいいものかどうか、少し疑問が残ります。坂口安吾や壇一夫くらいになれば別でしょうけど。ならば、ならば、どうすればいいか。たぶん

「今、どこでもないここが、どこか」

になればいいのだと思います。別に言葉の遊びをしているわけではありません。今、自分の居る、他のどこでもないここが、ふわっと「どこか」になるような生活の「しつらえ」を、身のまわりの小さなところから、ひとつひとつ実現していく……そんなことを、いま、考えています。

このあいだ、少しだけ背伸びをして、高価な(といっても知れてますけど)「お香」を求めてきました。「沈香」です。焚いてみます。言葉にすると「仄かにたちのぼりながら見え隠れする抑制のきいた豪奢」といった感じでしょうか。でも、この言葉の数十倍は「いい気分」です。このお線香のたった一本で、「今のここ」は、ほんの少しだけど確実に「どこか」にスライドインします。そういうことが、日々の暮らしの中に創りだしてくれる「気配」を、大切にしていきたいものです。

……などと書いて、今回の駄文はおしまいですが、なんか、前半の話しと後半の話しのつながりに無理があるなあ。僕の頭の中ではぴたっとつながってたんやけどなあ。文章にしてみるとなんか違うなあ。……ということで、最後に言うのもなんなんですけど、この文章はこれ以上読み続けないほうがよろしいのではないかと、ご忠告申し上げる次第です。じゃん。

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