« 2003年6月 | トップページ | 2003年8月 »

2003年7月

2003/07/01

仕事をひき連れて疎開すれば

E気配コレクション 030701

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

Img_080528b_2 僕は今、「疎開」というコンセプトを温めています。

戦争時の疎開ではありません。戦争時の疎開は空襲から逃れて安全な場所に移動することですが、僕の「疎開」は理不尽な束縛から離れて、本来ののびやかでおおらかな生活感覚を取り戻そうというものです。
大疎開としては、例えば田舎のほうへの「集団疎開」が考えられます。小疎開では、日常生活の中での「精神的疎開」というのもあるでしょう。いずれにしても「多少の不便さを積極的に受け入れることで、もっと自由を」というのが基本的な考えになります。
21世紀はきっとそういう時代になる……などと、勝手に言いきったところで、(ここまでは、先月のE気配コラム原稿のコピーで楽をさせていただきました)先月はお話をおしまいにしました。
今月は、僕の「疎開」についてもう少し詳しくお話したいと思います。

僕の仕事場はいわゆるSOHOです。

「ベリーベリースモールオフィスなホームオフィス」というやつです。それがうらやましいと思う人もいるようです。なにしろ、得意先に行く時以外は通勤ラッシュも知らないし、どうしようもなく二日酔いがひどい時は、とにかく電話の子機だけを握りしめてベッドで横になることもできるし、気が向けば、深夜の2時に起きだしてパソコンのスイッチひとつポンッで仕事を始めることもできます。

……ということは、実はどういうことなのかと言えば、強烈な風邪で39度近く熱があっても欠勤することはできないということであり(なにしろ事務所の中で寝てるようなもんですから)、休んでいる時にも、パソコンのスイッチひとつポンのところに「お仕事」が溜まっていて、それからは逃げられないということなんです。さらに、満員電車耐性が身についていないので、たまに非常にこみあった電車に乗りこんで、ちょっときれいなおねえさんなどが横にきたりすると、どぎまぎしてしまうという問題もあります。

最後のは冗談ですけど……

SOHOというのはけっこう大変なものなんです。なにしろ仕事の場と生活の場が重なって、上になったり下になったり、くんずほぐれつしてるわけで、そうなるとだいたいにおいて「仕事」のほうが勝ってしまうんですね。そうするとどうなるかと言えば、「生活」のほうがすごすごとひっこんでしまうんです。
「生活」がひっこんでしまった場で寝食をするというのは実に実に疲れるものなのですよ。夜中の3時頃にパソちゃんが頑張ってプリンターに「とっとと印刷せんかいっ!」などと命令なんかしたりして、プリちゃんジーコジーコとがんばって大量のプリントアウトなんぞをやっているところから、扉一枚へだてただけの場所で安眠できると思いますか?まあ、そんな時間にプリントアウトしなければいいんですけどね。

「もう!やっとれまへんっ!」

……で、どうするか。ごくごくささやかな「疎開」をこころみるわけです。一番問題になるのは、生活の場(時間的にも空間的にも)が仕事の場に犯されていることです。でも、仕事をやめるわけにはいきまへん。それに、まったく仕事に犯されることのない生活の場をつくるほどには、わが豪邸は広くありません。なにしろ寝室の中まで仕事の資料が山積みになってるんですから。
一番クリアな解決方法は仕事場を別に持つこと。しかしこれは、経済方面のあれこれなどがなにになる。とほほ……昔は、あなた、港区は高輪なぞに事務所を構えていたんですけどね、などとバブル期の栄華をしのびつつ……

では、どうする。よーするに「生活の場」が「仕事の場」になっているのが問題なんですから、それなら「仕事の場」を「生活の場」にしてしまえばいいんです。こういうのを逆転の発想と言うんですよ…なんて、単に言葉遊びじゃあないの、とおっしゃる向きもあるかもしれませんが。
つまり、事務所事務所してしまった家の中に、なんとか「生活空間」を確保して、そこに「疎開」して安心する……というのが実現不可能なのだから、それならもういっそのこと、お仕事を引き連れて「疎開」して、疎開先で仕事もやってしまいながら、疎開生活を楽しもうという発想です。

なんか、よおわからんなあ?

わかりやすいかたちとしては、まちがっても事務所にはなりようのない田舎の農家かなんかに移って、「自然」と「不便」に包まれながら、晴耕雨読みたいな感じで仕事ができればなあ、といった感じです。ただし、これではごくごくささやかな「疎開」とは言えませんね。それに、仕事自体は問題なくできても、やっぱり頬をすりよせて、ではなくて、顔をつきあわせて打ち合わせしないとどうもね、といった気分がまだまだ強い間は、田舎に疎開すると仕事がまわってこなくなる恐れが大です。

なになに、もっと簡単な「疎開」もあるんです。
僕の場合、仕事机で仕事をするのをやめてしまいました。メインの仕事場はダイニングテーブル。デスクトップパソコンや大きなファイルケースはダイニングテーブルに持ち込めませんが、20ギガのハードディスクのついたノートパソコンなら、これ1台でだいたいの仕事はこなしてしまえます。パソコンを電話回線に接続しさえすれば、インターネットでの調べものも楽々。なによりもいいのは、ダイニンゲテーブルの上で仕事すると、仕事に対する心理的抵抗感がすごく薄くなることなんです。だいたい僕の場合ですね、さあ仕事しなければと思って仕事机に向かっても、仕事を始めるまでがいやでいやで、ついつい関係のない本を読んでしまったり、やけくそ気味にソリテアにはまったり。で、とにかく仕事をしなければいけないと思うほどに、どんどんどんどん仕事がいやなものになってきて、これなら仕事をしてるほうがまだ楽やのになあ?と思うくらい仕事ができなくなってきて、それでもあせりといらだちに苦しみながら、インターネットで「すけべチャンネル」などという高尚なサイトを眺めているのが苦し楽しい趣味という「マゾ」的性格をもっているのですが、ダイニングテーブルの上だと、

うそみたいにすーっと仕事を始められるんです。

なにしろダイニングテーブルは仕事をする場じゃあないんですから、仕事をしなければいけないというプレッシャーが薄くなります。ダイニングの椅子なんかよりもガス圧リフト式のオフィスチェアのほうが人間工学的には仕事に向いているんでしょうけど、こちらはなにしろ「仕事に向いてる」というのがいやでたまらんわ状態なのですから、ダイニングチェアの「仕事に向いてない」感じがとても楽で、お仕事もはかどってしまうという具合なんです。さらに、もっともっと心理的な抵抗感をなくすために消音にしたテレビを垂れ流し状態にして、夜になったらお供え物のように、横にジャックダニエルの水割りとおつまみを置いて、置くだけではなく時々はお供え物をいただいたりして、できれば横にきれいなおねえさんも置いて……といきたいところですが、これはちょっとやめておいて……だらだらと仕事をしていると、ものすごくはかどるのですよ。これが。これってまさに、お仕事を引き連れて「疎開」して、疎開先で仕事もやってしまいながら疎開生活を楽しむ、という感じだとは思いませんか。

むかし、農家のおとうさんが

夜にいろりのある板の間であぐらをかいて、焼酎かなんかをぐびりぐびりしながら、わら縄を編んだりしてたじゃないですか。じゃないですかって誰に同意求めてるんや?そんなん知らんで?僕もほんとは知りませんけどね。まあ、いいじゃないですか。あれが、理想です。「仕事も」やりながらちゃんと生活してるわけですから、ストレスもたまりようがありません。もっとも僕たちの仕事は「縄を編む」ことではないので、それほどシンプルにはいきませんが、気分はいろりのあぐらのぐびりでお仕事といきたいものです。でなければクリエイティブなことなんてできっこないですよ……などと、ちょっと「ええかっこしい」してみましたが……

それでも、それでも100%完全に仕事から隔離されたいこともあります。そういう時はどうすればいいか。もっとも簡単なのは、外の「のみや」に疎開するというものです。これは実に気持ちよくて楽しい疎開です。ただしお金がかかりますので、毎日毎日「よい疎開」を繰り返していると、そのうちに辛くて寒くてひもじい「やな疎開」が待ちかまえていないともかぎりません。
そこで、家にいながら100%仕事から隔離される方法を考えました。それにはまず照明です。基本は白熱電球の間接照明。ただ、こればっかりで部屋全体を明るくしようとすると、夏は暑くてたまりません。そこで、天井には白熱灯の色とかたちをした蛍光灯を3つ単位でつけます。これを全部点灯すれば、仕事に必要な明るさは充分に得られます。しかも、電球色なので、仕事場にありがちな「うそ寒々しい」感じにはなりません。
そして、100%仕事から隔離されたいと思った時には、じゃああんと

天井の照明を消してしまえばいいのです。

色つきの大きい太字で強調するほどのことでもないんですけどね。それでも効果は「特太ゴシック体78ポイント級効果」をはるかに上回ります。天井を暗くして間接部分照明だけにすると、なんとなく空間が広く感じられるようになります。なによりも余計なものや汚いものが闇に溶け込むように見えにくくなります。見たい部分だけがよく見えて、見たくない部分はよく見えない、というのは飛行機から大阪の夜景を見るみたいに、実に気分のいいものです。銀座のクラブは無理でも、日暮里のショットバーくらいの気配にはならなくもありません。例が適切ではないようですけど。これだけで、70%くらいは仕事から解放された気分になります。さらに、お香を焚きます。強い匂いのものは逆効果になりかねないので、かすかに香る程度のものにします。沈香なんかがいいですね。これで仕事から解放され気分は15%程度上積みされます。
そこで、おもむろに、さきほど「お供え」にしていたものをですね、もう少しばかり濃いめにして本格的にいただくわけです。上積み効果は20%から50%に至ります。計算はお済みでしょうか。かるうく100%を超えますね。もう完全に「仕事ってどこ?明日のプレゼンってだれ?」状態です。これをわたしどもは

「空間演出による疎開効果」と呼んでおります。

……などと中途半端にきめて、今回はごくごくささやかな疎開について、「なんかよおわからんまま」にお話したところでおしまい。来月はもっと大きな「疎開」のことをお話するつもりです。ではまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2003年6月 | トップページ | 2003年8月 »