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2003年8月

2003/08/01

もっともっと疎開

E気配コレクション 030801

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

先月は「ごくごくささやかな疎開」についてお話しました。その最後には「来月はもっと大きな『疎開』のことをお話するつもりです」などとだいそれたことを書いてしまったものですから、大きな「疎開」の話をしないわけにはいかないのです。

ちょっと、しんどいですね。

R0010002_s ……ということで、いきなり大きな「疎開」の話もなんですので、まずは中の下くらいの「疎開」の話から始めたいと思います。

先月は、仕事机からダイニングテーブル方面にお仕事をもって「ささやかな疎開」をするお話をしましたが、そのバリエーションです。
……仕事を持って家の外に疎開する……
なんや、そんな話かいな……と思うでしょ。僕も、そんな話をくだくだするのは、あんまり気が乗らないんですけどね。でも、今のところそれくらいしかお話することがないという内容の貧困さですので、仕方ないじゃあないですか!

…などと開き直ってどうするねん。

話を戻しますが、よく小説家とか漫画家なんかが構想を練ったりするのに、仕事場ではどうしても煮詰まってしまうから、喫茶店やファミレスに行ってやるって話を聞くじゃあないですか。まあ、僕の場合もそのたぐいなんですけど、もっと徹底してます。
つまり、わざわざデスクワークをするために出かけるわけではないのです。もっと別の用事……例えばクライアントとの打合せに出かける、カメラマンの人に仕事を頼みに行く、資料を探しに大きな書店や図書館なんかに出かける(なんか、かっこよさそうなことゆうとるねえ、このおっさんは)、そんな時にですね、行き帰りの電車の中とか、行き帰りの車の運転中とか(これはちょっと危険がともないますが)、出かけた先でちょっと疲れたから喫茶店でひとやすみの時など。つまりですね、今は他の立派かつ高尚な目的があって「べつにいわざわざあおしごとなんかあしなくたってええいいのにいい」とゆーよーな時にですね、「ほんのついで、ついで」といった感じで仕事をしてしまうわけなのですよ。

これが実によろしいのですね。べつに仕事しなくたって損をしたことにはならない時間に仕事をしてしまう。あら、あたしって貧乏性なのかしら、などとわけもなく「おかま」ことばでちょけてしまうくらい楽なんですね。こういう状況で仕事をするのが。
特に考える仕事。新しいアイデアを練ったり、画期的なコンセプトを発想したりという「だいそれた」仕事ほど、これに限るわけです。
なぜか。
それはですね、ついでだから。べつに仕事をしなくてもいい時間だから。だから、仕事に対する心理的抵抗感が全くない状態で、すらすらと、すばらしいお仕事ができてしまうわけなんです。デスクまわりに重苦しくただよう「仕事に対する心理的抵抗感」から逃れて警戒に、ではなくて軽快に外に「疎開」してしまう。しかも、しかも、その疎開先ですーらすーらと仕事までできてしまう。

いいですねえ。かっこいいですねえ。

話は少しとびますが、僕は以前、真剣に「移動オフィス」を考えていたことがあります。よさそうでしょ。一年中、車でとろとろと走り回って、どこでもかしこでも仕事をしてしまうというものです。今みたいにインターネットやモバイル通信が普及していれば、これは決してできないことではないんです……が……このプランには致命的な欠陥があるのです。
それは「わざわざ仕事をしに」行けば、行った先々がじぶんちのデスクまわりと何ら変わらなくなってしまうに決まってる、ということなのです。たとえそこに富士山があっても、流氷があっても、まんじゅしゃげがあっても、ビッグウェンズデーがあっても、太融寺のホテルパリがあっても、きれいなおねえちゃんがあっても、です。「仕事をしに行かねばならない」という気持ちを引き連れているかぎり、逃れようがないのです。

それならば「旅行をして、ついでに仕事をすればいいじゃあないですか」という声あり。聞こえたわけじゃあないですけど。そそそそそそのとおおりい!しかし!しかし!僕はそれほどお金持ちではありません。てゆーか、まったくお金持ちではありません。てゆーか、どっちかとゆーと貧乏で、ひまもありません。こういうのをきっと「貧乏ひまなし」と言うのでせうね。

て、そのままやないですか。

そういう状況で先ほどのプランを実行するとどうなるか。
東京インターで東名高速にのって西に向かいます。いいですねえ。西には夢がありそうですねえ。西方極楽浄土なんて言うくらいですから、などと一人でわけのわからんことを口走りながらハンドルさばきも軽やかに……30分ほど走った海老名サービスエリアにあららと入ってしまう。ここで、まずいコーヒーをのみながら5時間くらいノートパソコンに向かわねばなりません。電源はシガーソケットから取ります。ペンティアム3などという装置をまわそとおもたらけっこう電気くうんやろなあ、などとつぶやきながら車はアイドリング状態にしておきます。バッテリーはだいじょうぶやろか、などと余念がちらちゅきます。そんなことはどうでもいいんですけど。まあ、それでも、やっとひとくぎりついたら、また東名高速に戻っててこてこ走ります。西の世界が待ってるぜ、などと思う間もなく40分ほどで、また富士川のパーキングエリアに降りてしまうのですよ。ここでまた、まずいミルクコーヒーかなんかをのみながら3時間ばかり仕事をしなければならんのですわ。そうしてると日が暮れてきます。「日暮れて、道遠し」……ああ、わたくしはいったいなにをやっているのでしょうか、と夜空のお星様に問いかければ、「なにが移動オフィスや!あほか!」と横の車のおっさんが代わりに答えてくれます。

移動オフィスの話は情けないからもうやめます。

……で、話は突然なんですけど「ねばならない」ではなくて「なんとなくおもしろいから」ということなんですね。…しかし、ほんとに突然ですね。

仕事って、実はけっこうおもしろいものなんです。ところがデスクの前に座ると、そのおもしろいはずのものが「ねばならない」ものになって、「ねばならない」とものすごく嫌になって、心理的抵抗感がむくむくになってしまう。
それが「なんとなく」という状況になると、「ねばならない」ことはないからけっこうおもしろくなってすらすらできるようになる。
そうなんですよね。きっと僕の考えてる「疎開」というのは「ねばならない」状態から「なんとなく」状態に逃げ出すことなんですよね。結論が見えないままに書き出したわりには

「なんとなく」辻褄があってきましたねえ。

日常生活でも「朝、起きねばならない」「飯を食わねばならない」「うんこしなければならない」「人と会わねばならない」「夜遅くなってきたから寝なければならない」なんて感じてるとしんどくってたまりません。でも、そんな気分になることがけっこうあります。
それが「なんとなくうんこしたくなったから、おもいっきりした」ら気持ちいい。「なんとなく人に会いたくなったから、人に会った」らすごく楽しいですよ。
生活のすべてを、できるだけそっちの方向に持っていくこと。できれば仕事も含めて「ねばならない」から「なんとなくしたいからする」という環境に近づけること。それが僕の「疎開」なんです。

などと、なんとなく結論めいたことまで書けたから(自分で勝手に納得してるだけですけど)、今月はここらでさっさとおしまい。今月も脱線ばかりですいません。結局「中の下の疎開レベル」に終始してしまいました。来月はもう少しスケールアップした「疎開」のお話ができるかもしれません。
そろそろ、夜遅くなってきたので

「寝なければ」なりません。

おやすみなさい。

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