« モノクロ画面には飽きても、情報クリップは続きます | トップページ | 情報クリップダイジェスト 2010/03 »

2010/03/29

伊勢神宮はシャンパンのように泡立っていた。

R0013889_s

某社のpr誌の仕事で、伊勢神宮に取材に行ってきた。小学校の修学旅行以来だ。修学旅行の時は鳥羽に泊まったのだが、男子と女子が別々の旅館で、妙に淋しかったことを覚えている。そんなことはどうでもいい。修学旅行では一泊だったのに、今回は日帰りだ 。伊勢神宮は想像以上に遠い場所だということを実感した。その「遠さ」は、もちろん物理的な距離のことが一番なのだが、どうもそれだけでは無さそうだ。宇治山田駅からバスに揺られ、ようやく辿り付いた宇治橋を渡ると、あたりの空気が一変する。「ただごとではない気配」がシャンパンみたいにピリピリと泡立っている。清々しさが5分の4、得体のわからぬ恐ろしさが5分の1。これが日本の美意識の代表的な配合比率のひとつなのかもしれない。昔、初めて能に接した時の気分に近いような気がする。

あいにくの曇天で、御正宮まで来た時には小雨までぱらつきはじめた。それはそれで、太古の森の森厳な(朝の朝食みたいだけど)雰囲気に浸ることができて、まあ、いいか。お参りしたらとっとと帰ろう。でも、PR誌のストーリーをまとめるのがけっこう難しいなあ・・・・などと思いながら、宇治橋近くまで戻ってきた時のことだ。

突然、空が割れた!!

そんな表現がぴったりくるように、曇天の黒い雲に裂け目が現れた。そして、その裂け目から、光束を十字に走らせる太陽が顔を見せたのだ。陰鬱な色合いに淀んでいた五十鈴川の水面が金色にさざめく。とりあえず、感動してしまう。これでは、お日さまを信仰するのも当然だよね。この日の光に差し込まれ、貫かれる嬉しさは、すごく素朴で、根源的で、なおかつ深みがある。そんなことを感じさせてくれる伊勢神宮は、やっぱり「ただもの」ではなかったのだ。天照大神はかなり「すごい」のかも知れない。と、帰りのバスに揺られながら思った。

|

« モノクロ画面には飽きても、情報クリップは続きます | トップページ | 情報クリップダイジェスト 2010/03 »

気分のサンプリング」カテゴリの記事

コメント

"お伊勢さん" はパワースポットとして人気ですねぇ

20年に一度、次回は3年後に行なわれるお引越「式年遷宮」

建物だけでなく神主や巫女さんの服装まで一新されるそうです。

投稿: kisa | 2010/04/03 11:52

kisaちゃん
どうもありがとう。伊勢神宮はやっぱり違いますね。帰りに宇治山田駅で電車待ち時間に入った駅前のカフェもなかなかのものでした。田舎っぽいのにかっこいい。なんとなくバクダッドカフェをおしゃれにしたみたいな。その話はまた別の機会に・・・・・。
きたじま

投稿: きたじま | 2010/04/05 23:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 伊勢神宮はシャンパンのように泡立っていた。:

« モノクロ画面には飽きても、情報クリップは続きます | トップページ | 情報クリップダイジェスト 2010/03 »