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2010/05/12

めくるめくほどではないけれど・・・・・

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先日、友人の父上のご葬儀に参加するために、久しぶりに松本に行った。「あずさ」に乗って。前夜の呑み過ぎと睡眠不足に、やや朦朧となりながら、それでも車窓にながれる初夏の瑞々しい風景に見惚れた。こんな経験は久しぶりかもしれない。出張の新幹線では風景は「断片」でしかない。

子どものころ、僕は「風景を見る」少年だった。人を見るよりも車窓を流れる景色を見るのが好きだった。実際に係わりのある人の生活よりも、風景の中に垣間見える「人の暮らし」を想像するほうが、ずっと好きだった。
そこには、現実の世界から半音だけずれたような不思議なトーンの漂う世界があった。不思議なトーンは僕のこころをざわつかせるのだが、その「ざわつき」は不快ではなかった。やや酸素欠乏きみのような胸苦しい快感があったのだ。
稲垣足穂の初期作品で神戸を舞台にしたものなんかが、その気分にかなり近いように思う。要はかなり情緒不安定な「いやったらしい少年」だったわけだ。

それから数十年を経て、多少は大人になった代償に

「風景」に見とれる悦びはなくなってしまった。風にざわめく大樹を見るだけで心が同期してしまうような、あるいは、ネオンサインの赤と緑を映しだすかのように低く雲が垂れこめた六月の都会の空に、少し頽廃的なセンチメンタリズムを覚えるような・・・・・かなり「やなやつ」のめくるめくほどではないけど少し「めく」ような気持ちよさがなくなってしまった。現実的な生活や仕事をしていくうえで、その気持ちよさは「邪魔」なのだ。

その、普段は「邪魔」な気持ちよさが、新緑の信濃路を疾駆する「あずさ」の車上で、少しだけよみがえった。二日酔いと友人の父上のご葬儀のおかげで見蕩れることのできた「風景」の気持ちよさは、けっこう悪くなかった。

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