E気配コレクション

2004/02/01

博物館はお好き?

E気配コレクション 040201

この文書は、十数年前に某社のサイトに書いたものの再録です

R0010268_s 博物館が好きだ。世の中の喧噪から隔離された場所で「未知との遭遇」を堪能できる。この「世の中の喧噪から隔離された場所で」というのが重要だ。

最近、テレビゲームをはじめとするバーチャルリアリティへの批判として、現実から隔離された状況への埋没が問題にされるけど、なんでやろう?と思う。ええやんか。博物館に行くのも、美術館に行くのも、本を読むのも、日常の現実から隔離されて、もうひとつ別のリアリティ(現実)に、埋没するのが楽しいのと違うんか。
本に耽溺していた人間が、自分にはわからへんから言うて、例えば「ファイナルファンタジー?」に淫している(ちょっと、この言い方は穏当ちゃうけどね)人間を非難するのはおかしいと思うで。

……と、それはさておき、博物館が好きだ。

世の中の喧噪から隔離された場所で、例えばエトルリアの壺だとか、白鳳期の仏像だとか、人体のスライスだとか、トリケラトプスの骨格だとか、アステカの浮彫だとか、月面に屹立していたという「モノリス」?(「2001年宇宙の旅」をごらんください)と対峙できる。

現場主義はもっともだ。僕だって、そのものが本来あるべき場所で、そのものを見るほうがいことぐらい、よおおおおくわかっている。しかし、それにあくまでこだわるなら、あなた、横丁の散髪屋の看板と、ディズニーランドと、日光江戸村と、本当のシャンゼリゼ通りと、どこかにあるという偽のシャンゼリゼ通りと、ついでに田舎町の銀座通りと、近所の居酒屋のカウンターと、満員電車の中の汗くさい人の背中と、箱根の芦ノ湖スカイラインと、オホーツクの流氷と、ストックホルムの白夜と、息子の履き古したスニーカーと、得意先のうっとおおおおしいオヤジの顔と、本物の教会の壁面に描かれたジオットーの絵と、自分ちの磨き上げた車の輝きと……くらいを見て、ああわたしは、いいものをいいぱい見たと思って一生を終えなさい。(ちょっと、長くしつこくなってしまいましたが)

博物館には「現場」でないからこそいい

というところもある。非常に抽象化された環境の中で「そのもの」が際だつ。静けさと(……もっとも人気の特別展なんかだと、ラッシュアワーなみだもんね。以前、ホルマリンづけの人体のスライスが見られるというので上野の博物館に行った時も、人だかりで展示物のそばまで行けず、人体のスライスなのかへたくそな抽象画だかわからないものを、遠目にちらっと見ただけで……脱線がすぎると、書きたいことと反対の方向に行ってしまうよ)……で、とにかく静けさとほどよい照明の中で、ものが語りかけてくるファンタスティックストーリーに身をゆだねることができる。なにより空調がきいているのが最高だ。

現場だとこうはいきませんよ。例えばメキシコだかベネズエラだかのジャングルの中に、アステカの浮き彫りを見にいくことを想像してみてよ。灼熱の太陽に上半身は半ミイラ状態になりながら、下半身はうじゃうじゃと毒蛇にからみつかれて、おまけにヒルにたっぷり血を吸われて(実際はこんなことないでしょうけどね)遺跡の語りかける壮大な物語に耳をかたむける、なんてできっこないじゃないすか。

博物館のいいところは

快適な環境の中でヌケヌケと現実逃避できるところ。

しかも、現実逃避しながら、なおかつ、非常に前向きに知的好奇心を満たせる。決して無駄な時間はすごしていない。自分を深める役にたっていると思えるところだ。これって、なんだか酒に溺れながら、その酒がメチャメチャからだによくて、酔えば酔うほどに健康になっていくみたいなもんやね。
これほど、素敵な場所が他にあるだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004/01/01

鞄ひとつに詰め込める生活

E気配コレクション 040101

この文書は、十数年前に友人が係わっていたというサイトに書いたものの再録です

Img_3637_s 僕は若いころ「山登り」をしてました。山登りと言っても、ハイキングに毛の生えたような「ヤワ」なやつではありません。穂高の涸沢だとか剣岳の剣沢なんかにキャンプをはって、ロッククライミング三昧という本格的なやつです。もちろん雪山にも行きました。で、ですね、2週間も3週間もテント暮らしをするものですから、狭いテントの中での生活をいかに快適にするかというのは、これはもう非常に重要な問題だったのです。

 ピッケルだとかアイゼンだとかカラビナだとかハンマーだとかハーケンだとかショーケンだとか(古っ!)ただでさえ重い「カナモノ」を(今は軽いものができてるらしいけど、昔は実に重かったのです)どっさり持ったうえに、生活までしょっていかなくてはならないわけですから、当然のことながら文字通り「必要最小限」です。
 しかし、いやだからこそ、その「必要最小限」にはこだわったわけです。例えば「寝袋」なんかは、保温性や軽さを重視するのはもちろんですが、色にもこだわったものです。僕の場合真っ赤な原色のやつです。まわりのやつらもエメラルドグリーンのど派手なのだとか、鮮やかな紫みのブルーだとか、おサルもびっくりモンキーイエロー(そんな色あるんかいな?)だとか、とにかくどぎつくも派手なのばっかりです。
 なぜか。
 それはですね、雪山なんかで実にモノクロームな世界にいると、

色に飢えるからです。

白と黒しかないような世界で、何を好きこのんでか岩にへばりついてミーンミンではなくて、ヨロレリッティなどとやってて(ヨーデルのつもり。もっともほんとに岩登りしながらヨーデるようなアホスイスなやつはいませんけど)やっこらさとテントまで戻ってさあもうねましょうよ、なんて時に、真っ赤なシュラフは実に実にこころを慰めてくれるのです。テントの中はむさくるしい男ばかり、ということも関係してるんかも知れませんが、とにかく「国防色」の寝袋なんかではずえったいに癒されないのですね。真っ赤なシュラフひとつにこころをよせて、ちょっと気持ち悪いですけど、それだけでけっこうハッピーになれるという、まあ考えようによってはかなり情けない状況だと言えなくもないけど、その考えようによらなければ、都会ではちょっと味わえないような「タイトなゴージャス感?」というか「非常にシンプルでプリミティブな気持ち良さ」を満喫できるわけです。

 絶対的には「快適」からはほど遠い、制約条件の多い環境を、いかに気持ちいいものにできるかと工夫するというのは、けっこう楽しいことなんですね。

 シュラフだけではありません。なんて言ったっけ、あの数種類のおわんを重ねて収納できるようになった食器セットだとか、携帯お鍋セットのコッフェルだとか、十得ナイフだとか、当時はスイスアーミーナイフがまだ日本には出回っていなかったものですから十得ナイフなんですけど、ラジウスという携帯コンロだとか、夜にメシを食う時にも頭につけているヘッドライトだとか、一人でこっそり隠れて食べる「とっておき」のヨウカンを入れておくためのタッパーウェアだとか、着替えの服を雨から守ってくれる緑のナイロン袋だとか……みんなみんな、厳しい大自然の中でサバイバルしていくための必需品であると同時に、テントの中での生活を心楽しいものにしてくれるインテリアアイテムでもあったのです。だからこそ、当時の僕はなけなしのお金を使って、できるかぎり気に入ったものを揃えるようにしたのです。

最小限だけど、こいつらがあれば

どんなに厳しい場所に行っても、けっこう気持ちいい日々がおくれる。最小限だからこそ、ひとつひとつのものに実感として愛着が持てて、なおかつものに縛られずにフリーな気持ちで自然を楽しむことができる。身の廻りがきゅっと引き締まっているからこそ、自分の暮らしの輪郭をいつも実感できる。そのすがすがしくもロマンチックな気分がたまりません。こういうのを本来的な意味で「ミニマリズム」と言うんじゃあないでしょうか。
 山登りをしなくなった後、都会でのぐうたらな生活に浸りきっていても、この感じは忘れられません。できることなら「自分の生活のすべて」をちょっと大きめの鞄ひとつに詰め込めるくらいにしたい。もちろん、鞄の中に詰め込むものは、ほんとに気に入ったものだけにする。そして、その鞄ひとつもって、いつでもどこにでも思い立ったらぱっと行ける状態でいたい。たとえ実際には行かなくても、行けなくても、それが可能だと感じられるような、身のまわりの軽さ、シンプルさ、少なさ、そしてその少ないものへの「愛情」を保っていたい。

これって「男の子」の永遠のテーマなんじゃあないでしょうか。

間違っても「男の子」とは呼べないようなオヤジになっても、そのオヤジの中にほんの数ミクロンでも「男の子」の部分が残っているかぎり、やっぱりそれは永遠のテーマなんです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2003/12/01

方丈回帰のすすめ

E気配コレクション 031201

この文書は、十数年前に友人が係わっていたというサイトに書いたものの再録です

R0012352_s 今月はちょっと過激なおはなしなので、「はなし半分」のつもりで読んでくださいね……なあんて、脅すほどのものではありませんが。では。

以前、関西にいるころは、阪急神戸線沿線の御影というところに住んでいました。窓を開ければ木立のむこうに大阪湾が広がるという、トレンディドラマの舞台にでもなりそうなマンションでした。
仕事で東京に住むようになって千葉に100坪ほどの土地を買いました。そこに家を建てて家族を住まわせ、僕はといえば「ウィークデイは一人で都心のマンション暮らしさっ」などという、これまた絵に描いたようなバブリープランを考えていたのです。

そしてバブルが崩壊しました。

バブル崩壊だけが原因ではないのですが、お決まりのように僕の会社の業績は悪化の一途。事務所も高輪から池尻大橋、そして神奈川県下へと都落ち。神戸のマンションも千葉の土地もみんななくして、ついでにというか、決定的にというか、奥さんとお子さんまで関西方面にお引っ越しされて、今は川崎の狭い賃貸マンションでSOHO暮らし。こう書いてみるとけっこうトホホな状況のようですが、僕の場合、ここで思いっきり「強がり」ます。
「四畳半ひとまの暮らしが一番かっこいいのだ!」と。
四畳半一間はちょっとオーバーかもしれませんが、適度な狭さ、適度な少なさ、適度な足りなさ、適度な低さが、実はもっともナチュラルでやすらかできもちいい状況なのかもしれない、などとふと思ってみたりするわけです。自分が楽にハンドリングできる生活というのは、こういうものではないかと考えたりするわけです。

都心ウォータフロントの130㎡のマンションに住んで、外房に別荘を持って、その近くにヨットを係留していて、車はセダンとミニバンの2台で、大型犬を一匹飼って、猫も二匹飼って、亀は貧乏くさいから飼わなくて、お互いの家でしょっちゅうパーティをしなければいけないような仲のよい?友達ファミリーが5つ6つあって、それ以外にも親友だと思ってる人が5人以上いて、親友を維持するためにしょっちゅう合わなくてはいけなくて、へべれけになるような奴はちょっと遠慮してもらって、年に一度は家族揃って海外旅行に行かなくてはならなくて………
昔はこんな生活をしたいと思った時期もあったかもしれないけれども、今はぜんぜんしたいと思わない。つまり、このように「輪郭が過剰にふくれあがってしまった暮らし」を維持し、コントロールし、あわよくばもっとふくれあがらそうとすることが、ちっとも「きもちよさそう」に思えないのです。お金の問題だけではなくて、過剰に排気量の大きな生活をハンドリングしようという「けなげでかつしんどい努力」なんてしたくないよ、って感じです。

なに?おまえの現在の生活環境を正当化するためにそう言ってるんじゃあないかって?あたりまえじゃあないですか。当然でしょう。自分が今ある環境を正当化しなくってどうするんです。今は少々落ち込んでても、なんとか這いあがって昔の栄華を取り戻すんだい!なんて思えとおっしゃるのですか。もっとも、昔の栄華っていってもぜんぜんたいしたことないですけどね。それでもって、130㎡の外房の係留の2台の2匹の維持のしょっちゅうのへべれけはだめよの家族揃ってのなくてはならなくてを実現しろってか。冗談じゃあない。

これって、なんか、どこかの国の話みたいですね。みんなしゃかりきになって働いて、世界第2位のケーザイタイコクになって、国民全員が中流以上になって、100世帯あたりの車の保有台数が120になって、お米が不作になってもタイ米なんて食えるかっ!とリッチなグルメぶりを披露して、国土の50%がゴルフ場になって、女性の77%がルイビュトンのスリッパを履いて、子供の58%がベンツのちゃりんこに乗って、男性の98%がワニ皮の小銭入れと象牙のつまようじ・耳掻きセット桐箱入りをもっていて、お年よりの83%が純金の総入れ歯をして、みんなでにっと笑うとまぶしすぎて外人観光客がびびって思わずおじぎをしてしまう………と世界のあちこちでうわさされるミステリアスな「どこかの国」。
その国があれれっと思ってるあいだに、なんか様子がどうもへんやで。どうも純金の総入れ歯を総入れ替えでけへんようになってきたやんけ。しゃあないな。当分はちょっと黒ずんで光沢のなくなった金歯でがまんするしかおまへんな、などと思っていると、海外方面から「おたくの国は、ギラギラ光ったスーパーリッチ感覚純金総入れ歯の普及率83%をちゃんと維持してくれへんかったら、どもならんがな!」などと脅しをかけられ、国民は国民でひそかに「そんでもわしら世界第2位のケーザイタイコクやもんね」と、異様に膨らみきった輪郭にいまだしがみついているような、どこかの国。

どもならんのは、おまえらの頭やないか!

などと、はしたなくわめきちらして申し訳ございません。わたくしとしたことが。でも、その世界第2位のケーザイタイコクから経済規模世界第17位の国に行ってみたら、その国のほうがよっぽど豊かそうに見えたのは、いったいどういうことなんでしょうかね。(経済規模世界第17位というのは適当に書いたものなので、なにかで調べて国を特定しても意味はございません。念のため)つまり「規模」なんてどうでもいいんですよね。要は、そこで暮らす人がどれだけ「きもちいい」かということ。あるいは「自分にとって本当にきもちいこと」をどれだけ知っているかということ。「豊かさの尺度ってそれしかないじゃないですか」と、よおく考えてみればあたりまえのお話なんです。そして「自分にとって本当にきもちいい」生活をするためには、生活の輪郭をふくらませ過ぎてはだめなんです。ふくらみすぎた輪郭に合わせようとすることがストレスを生み出すし、ふくらみきった輪郭そのものが危険なんですから。

ブータンという国があります。ヒマラヤ山脈の麓にある小さな国です。昭和天皇のお葬式の時に、膝までしかない野良着のような民族衣装をまっとったブータンの皇太子が参列していました。その皇太子のりりしさ、かっこよさが今も目に焼きついています。その皇太子も今は国王。そして、ほとんど鎖国状態を維持しながら国を率いているそうです。以前に、NHKテレビでそのブータンの現在の様子を見ました。おそらく経済的には非常にきびしい状態なんでしょうが、それでも人々の表情はとても「きもちよさそう」です。1時間くらいのTV番組を見ただけで、そんなことわかるわけないじゃん。ごもっとも。僕らには見えないところで、とてもシビアな現実がきっとあるのでしょう。それでも、それでも、いまだに民族服の着用を義務づけられて、鎖国状況の中で世界の情報からほとんど遮断されたような人々のほうが、僕たちよりも「のびやか」に生活しているように、どうしても見えるのです。少なくとも「どこかの国」で、その輪郭が醜いまでに腫れあがった状況の中にいて、居心地の悪さを感じている人間にとっては。
鎖国も民族衣装の着用も、ブータンが、そしてブータンの人々が「等身大」であることの大切さをよく知っていて、それを維持するための切実な方法なのではないか……などと「どこかの国」の人間は思ってみたりもするわけです。

日本がいまさらブータンになれるわけはないけどね。

ブータンの話から身辺の話に戻ります。僕はできれば自分の身辺環境の輪郭は、自分のからだの輪郭と同じであるというのが一番楽そうに思うのですが、これではホームレスのおじさんと同じで、というか、ホームレスのおじさんでもダンボールを使ったりホームレス仲間がいたりして、身辺輪郭を少しはふくらませているわけで、完全な等身大ではやっぱり生活はできないわけですね。
それならば、せめて自分の身のまわりの環境のふくらみを、自分が楽々とハンドリングできる範囲に抑えて「ベッドに寝転がった状態ですべての生活行動ができるぞ!」などとうそぶいてみたくもなる今日このごろなのであります。それはまあ、あんまりだとしても、適度な狭さ、適度な少なさ、適度な足りなさ、適度な低さが、実はもっともナチュラルでやすらかできもちいい状況なのかもしれないと感じる人が、これからの「どこかの国」ではきっと増えてくると思います。そうならないと「どこかの国」も、そこでの暮らしも、もう、もたなくなると思うから。
そうなりつつある時に、では、企業はどうすればいいのか。そこにこそ、マーケッターとしてのわたくしめの大いなる価値があるのですよ。そして、その画期的なマーケティングプランにより、わたくしは昔の栄華を再び取り戻すことができるのです……などと、非常にあざとくて、たちの悪い冗談を言ったところで、今月のお話はおしまいにしようかなっと。

あっ、そうそう、一言だけつけ加えておきますけどね、「どこかの国」のことをケチョンケチョンに言いましたけど、実は僕はその「どこかの国」が本当は大好きなのです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2003/11/01

「アジアでなくてはやすらげない」

E気配コレクション 03111

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です

R0010388_s こないだタイ式の足裏マッサージに行って来ました。仕事でちょっとつきあいのある人がマッサージの店をオープンしたんです。場所は原宿と千駄ヶ谷のちょうど真ん中あたり。閑静な住宅街のマンションの一室です。表に看板ひとつなく、知らない人なら怪しげなマッサージと称するスノッブ系高級風俗のお店かと思うようなロケーションです。もっとも

僕はそんな店には行ったことがないから、よくわかりませんが……

その店は、タイやベトナム、ミャンマーあたりのインテリア雑貨のショールームも兼ねていて、中に入ると瞬時、ちょっと涼しげで官能的な東南アジアの「静寂」に包まれます。僕はタイもベトナムもミャンマーも行ったことがないので、よくわかりませんが……
足裏マッサージはツボに入ると、激とまではいかない痛と、ちょっとこそばいような快感が同時に訪れるといった、ほとんど忘れかけていた身体感覚の再発見です。子供の頃に例えば転んで膝をすりむいた時に、そんな感じがしたような記憶があります。

仄暗い空間で、かすかに東南アジアの涼気を感じながら、ゆったりしたリクライニングチェアに身をあずけて、からだの芯を昇ってくる「痛いこそばい気持ちいい」を感じていると、僕の中のアジアがゆるやかに目覚めます……などと言ったものの、僕は僕の中のアジアというものを見たことはないので、よくはわかりませんが。ちょっとしつこいですね。とにかく、そういう気分です。
まどろみながら覚醒するといった感じ。ちょっと胸騒ぎを覚えながら、心が静まっていくといった気配。寂しいような嬉しいような気分。痛いような気持ちいいような感覚。(これはそのままです)なにもかも忘れながら、なにもかもを思い出してしまうような感じ。こういう感じが、たぶん僕の中の「アジア」というか「日本」なのではないか……と思ったりするわけです。

この「くそあいまい」で「どっちつかず」で「いいかげん」で「なんかよおわからんわ」で「白黒はっきりせんかい!」となじられそうで、「軟弱」で「脱力的」で「わかったふりをするな!」的で、「刹那的」で「ひよわ」で「すけべ」で、なおかつ「かっこいい」ような感じが、実のところ「たまりません」のです。

話はいつものごとく突然変わりますが

友達とのみながら話していて、「ああ、ヨーロッパのあそこはよかったなあ」などという極めていやったらしい話になることがあります。きわめていやったらしいのですが、話し出すと結構熱が入ってしまいます。

「ローマとフィレンツェの丁度中間あたりにアッシジいう街があるねん。めちゃめちゃええとこやで。そこのサンフランチェスカ寺院にジオットいう絵描きの有名な壁画があるんやけど(この部分、うろ覚えのまま確認せずに喋ってるので真偽は不明)、まあ、そんなことはどうでもええ。街自体が中世そのままやねん。寺院の軒下で……そやけど寺院でええんかなあ?教会やねえ、あれは……まあええわ、とにかくその寺院みたいな教会みたいな建物の軒下で雨宿りしながら、鳩の糞を浴びつつ、雨に煙るアッシジの街並みをぼおっと見てたらな、いや、もうこれは中世の厭世的な僧侶になった気分やで。そんなものがおるかどうか知らんけど……まあ、そのような月並みな感慨にふけっておったところですね、若いおばちゃんというか、ちょっと年をとったおねえちゃんというか、が僕に声をかけてきてん。もちろん外人やで、それもけっこうビューティフルな。アメリカ人みたいやったなあ。その人が『あんた日本人なん?』言うて関西弁の英語で聞くから、僕も『オフコースやんか』言うて関西弁の英語で答えたわけや。そしたら、その年くいのおねえちゃんが『今晩、街はずれにある画家のおっちゃんの家でパーティやるから来いへん?』言うから、思わず『いく!いく!』とはしたなくも叫んでしもてん。まだ日本人が珍しい時代やから、パーティの「あしらい」のひとつに日本人でも置いとこかと思うたんちゃうかな。……それで、連れていってもらいました。その画家のおっちゃんの家に。これがめちゃめちゃかっこええねん。白しっくいで塗り固めた、これが南欧でなくて何が南欧やねん!いう感じの家。それで、電気をひいてへんねん。まあ、ちゃんと見たわけとちゃうから、電気はひいてるかもしらんけど、とにかく電灯というもんが全くなくて、全部ランプで照明してはるんや。いやいや感激しましたですよ。そのあったかいゆらめきの中に、20人くらいのおりこうそうな外人の人が…あたりまえやけどね。いろんな国の人がいたみたいやな…その、ワインを飲みながらぼそぼそと語り合ってるところを想像してちょうだい。よろしいですよ。だいたいアーティストみたいな人が多かったけど、僕の隣にいたおっさんは、近くの村の役場の人らしかったなあ。僕、関西弁の英語と2歳児のイタリア語しかしゃべられへんから、会話がはずむというわけにはいかんかったけど、イタリアのスノッブなやつらは、こんなとこで気持ちええことしてるんや、と思って、そこに参加してる僕もけっこうスノッブな人みたいやなあ……などと嬉しがってると、パーティに誘ってくれた年くいねえちゃんが『あんた、アナザーシガレットいるか?』言うから、なんにもわからんと『いる、いる』と答えてグラスの初体験。いやああ、もうええわ。もうええわ言うても『もうけっこうです』とちゃうで。『たいへんよろしいです』という意味ですよ」……

などと、くだらないおしゃべりが過ぎて、すいません。

もう少し……で……
「日本では、こうはいかへんなあ。日本でなんかようわからんホームパーティみたいなんに呼ばれても、違うよなあ。呼んでくれたご家族全員、肩に力が入ってて、だらあっとしてくれへんから、こっちもだらあっとでけへんねん。だいいち、家が違うもんな。日本ではずいぶんこぎれいな部類のマンションの一室でも、なんか、よそよそしいというか、しっくりこないというか、違和感があるねん。アナザーシガレットもないしなあ。日本やったら、やっぱりお座敷で宴会しかないでえ。」……などとほざきつつ、あげくの果てに、日本のここがうっとおしい、日本のそれがぶさいくや、日本のあれは貧困や、日本のどれがかっこええねん?日本のこれがみすぼらしい、などなど酔ったいきおいで言いあって最後に、ものすごおく自己嫌悪に落ち込んでしまうわけですね。

これって何なんでしょうね?

何なんでしょうねと聞かれたから答えるけど、(自分で聞いて自分で答えるな!)日本のここがうっとおしくて、日本のそれがぶさいくで、日本のこれがみすぼらしいのは仕方のないことなのかも知れません。
日本にどんどんどんどん「洋もの」が入り込んできて、それを無自覚に受け入れて、かといってそれを徹底もできず、安直にまぜこぜしてしまったわけですから、「しっくり」くるわけがないですよね。街も、家も、着るものも、食べるものも、身のこなしも、遊びかたも。「日本」がそのまま残っているところは、いわゆる「観光地」でしかないし、「西洋」が忠実に移し替えられたところは、単に「おしゃれ」でしかないし、その他は「雑然」「雑多」「雑駁」……

いやになりますね。こんなこと書いてると。

今の日本人の生活スタイルに、なにか「よそよそしさ」、「しっくり感」のなさ、「うそくさい」気配、「はぐれたような」気分を感じてしまうのは僕だけなんでしょうか。
まごうことなきモンゴロイドの顔をして、これも洋服だと言えば洋服だと言えるジャージーの上下を着て、それでも靴は脱いで、みょーなスリッパをはいて、壁面の露出する余地が全くなくなるほど家具にかこまれたフローリングの部屋で、かろうじて出来た隙間にゴルフのトロフィーを飾って、天井にはこうこうと蛍光灯の明かりをつけて、ちょっと座面が高すぎるダイニングチェアにあぐらをかいて、32インチのワイドテレビをつけっぱなしにしたまま、ウィスキーの水割りかなんか飲みながら、イトーヨーカドー特売798円也のステーキを食っているおとおさあん……あなたの生活はそれでほんとに「しっくり」きてると思ってるんですか。別に、イトーヨーカドー特売のステーキが悪いと言ってるわけじゃあないんですよ。

なんか、ねちねちと喧嘩を売ってるみたいですね

すいません。居酒屋でこういうしゃべりかたをすると、隣に座っている人と、確実に険悪な雰囲気を作り出すことができますよ。まあ、それはさておいて……

僕はまったく右翼ではありませんが、自分の中にあるアジアを、自分の中にある日本を、いまいちど感じ直し、見つめ直して、少しずつでもその気配、その感じかたを生活の場に取り込んでいかないと、どんどん「はぐれ」ていってしまうような、やるせない気分がいつもつきまといます。
なんとかしましょうよ。ほんとに。あなたも一緒に。

アジアでなくてはやすらげない。
日本でなくてはよそよそしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2003/10/01

「………この指とまれ!」

E気配コレクション 031001

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

先月のことなんですけど、新宿のOZONEてとこで「ユニバーサルデザイン展」をやってたので見に行ってきました。仕事でユニバーサルデザインがテーマにもなってるもんですから。で、「ユニバーサルデザイン展」のほうは、まあこんなものか、という感じだったのですが、同じOZONEの中で、もっと楽しそうなものを見つけたんです。
それは「ぼくらのくうそうせいかつ展」。字面にするとちょっと気恥ずかしい展ですけど。

それがどういう「展」かと言いますとですね

R0010796_g_s 20世紀、私たちは大量生産の仕組みによって、それまで一部の人の嗜好品にすぎなかった車やAV機器を安価で手に入れられるようになりました。特に「モノづくり立国」とも「家電立国」とも言われた日本に暮らす私たちは、世界の中でも強くその恩恵を受けてきたと思います。
そして21世紀。生活に必要なものなら何でも手に入るようになった世の中で、けれど本当に満足のいくデザインや必要な機能を備えた製品に出会う機会は、まだ多くはありません。大量生産は否定しないけれども「ぼくらが本当にほしいものがほしい!」という気持ちにも応えてほしい。そんな、これまでは空想に過ぎなかった思いを現実にする方法があるということを、どうぞ知ってください。
(「ぼくらのくうそうせいかつ展」でもらった「くうそうせいかつ手帳」より引用)

というものなんです。具体的な方法はと言えば、まず「くうそうせいかつ」のホームページに欲しいものを書き込むことから始まります。書き込んだアイデアに「あっ、ぼくもこんなものが欲しいと思ってたんや」「わたくしもですの」などという賛同投票が一定数集まったら、デザインをおこして受注を開始。人のアイデアに乗っかるだけでも、もちろんOK。主催者側では、併行して作ってくれるメーカーを探して、最小ロット分の注文が集まった時点で製品化。注文した人にお届け。ジャジャーン!という仕組みです。(書くと簡単ですけど、けっこう主催者側の調整作業は大変でしょうね)

この「やりかた」は非常に正しい。

すでにステンレスの素材感を活かしたレトロフューチャー感覚のパソコンなんかが製品化されていて、「どうしてこんなのがなかったんだろう。そうそう、こんなのがあったらいいよね」という想いを実現する方法が、実はあったのだという嬉しさを感じます。
詳細を知りたい人は「くうそうせいかつ」のホームページに行ってみてください。
http://www.cuusoo.com/

話は変わりますが、昨年、”みぞかみもりと”という名前はかっこいいけれども、本人の「立ち居振る舞い」もなかなかかっこいいかな?という僕の友人(このE気配コラムをのっけてるサイトに深くからんでる人なので、ここは内輪のサービスということで)に秋岡芳夫さんのことを教えてもらいました。
秋岡芳夫さんというのは、工業デザイナーとして活躍しながら、作る者・売る者・使う者のよりよい関係をめざした”モノ・モノ”運動を主催されていた方。東北工業大学で教鞭もとっておられたそうなのですが、残念なことに1997年にお亡くなりになりました。

その秋岡芳夫さんの本を、早速、何冊か取り寄せて読んでみたんですけど……なんか、「取り寄せて」と書くと、高名な作家が懇意にしている本屋のおやじに「適当にみつくろって持ってきてはくれまいか」などと偉そうな態度で皮貼りハイバックの椅子にふんぞりかえってパイプなぞくゆらしながら、「本はまだか?まだ来ぬか?」というような感じがしそうですが、なんのことはない、「bk-1」というオンラインの本屋で注文しただけなんですね……

というようなことは、どうでもいいんですが

とにかく秋岡芳夫さんの本には惹きつけられました。
その中で、秋岡芳夫さんはこんなことを書いています。

昔の日本の技術はいま思えばチャチではあったかもしれないが、その技術はちゃんと町の人間の手のとどくところにあった。注文のモノが作れる技術だった。大工の技術も桶職のそれも、「町の技術」であり「市民サイドの技術」だったと言える。それに較べたらマンション、プレハブ、アルミサッシを作り出している技術はどれもこれも「工場の技術」であり「企業サイド」の技術なのである。
(中略)
個人の生活技術とコミュニティの生産・生活技術の復権・復元が急務のようである。生活用具のすべてを大企業・工業の生産のみに任せて来たこれまでのあやまちを改め、これからは、地場産業、伝統工芸産業、注文生産、手作り産業などの「個人技術によるモノ作り」をすすめることで、工業には絶対に作り出せない風土性、個別性のある生活のある道具を作り出すべきだろう。それらを経済的に見て極めて付加価値の高い、資源的にみて省資源、省エネルギー型の産業として育ててゆくべきである。使用者がみずから注文して作ったモノ、人間が心をこめて手づくりしたモノ。風土性豊かな愛すべき日本のものなどを、はたして使い捨てるものがいるだろうか。決していまい。使い捨て現象をこの世の中から消し去るためにも大企業による大量生産のほかに個人技術でモノを作る、「いま一つこぢんまりした産業」を育てることが急務である。
(秋岡芳夫著「住-すまう」より引用)

秋岡芳夫さんのビジョンを、きわめて現代的なかたちで実現しようとしているのが、さっきお話しした「くうそうせいかつ」なんですね。きっと。

もっと真面目に、妥協せずに「わがまま」を通そうよ

というメッセージをどちらにも感じます。不真面目で妥協だらけの「わがまま」はみっともないだけですが、真面目に妥協しない「わがまま」の追求は、生態学的に正しくて「すがすがしい」ひとつのやりかただとは思いませんか。ちょっとおおげさですけど。

しかし、と、ここで反論が入ります……パレスチナでは危機状況がいっそうレベルアップしてるし、ワヒド大統領はちょっと違うぞと思ってたのに、やっぱりお前もかという感じみたいだし、日本の株価は1万円を割ってもおかしくないぞ、だし、プーチンはどう見ても怪しげだし、日本のしゅしょーは怪しげにさえ見えないし、地球上のあちこちで大地震は頻発するし、アメリカの経済状況もやばくなってきたし、僕の会社の経済状況は以前からずううっとやばいし、熱帯雨林は変わらず減少しつづけているし、民族どうしはいがみあうし、地球温暖化には歯止めがかからないみたいだし、

ジャイアンツは今年も優勝してしまうに決まってるし……

などなどあれこれの状況の中で、他に比べてWINDOWSが快適かつ安全に作動するわけでもないのに、ステンレスのレトロフューチャー感覚パソコン(くうそうせいかつ)に恋い焦がれたり、たかが飯を食うための棒なのに、「ひとあたはん」の長さで19グラムのお箸(秋岡芳夫さんの著作より)にこだわることに何の意味があるのか!と言われれば、「などなどあれこれ」の状況に対しては何の意味もない、としか答えようがありません。
もっと身近なところで言えば、金がない、暇がない、空間がない、将来の保証がない、ないない状況の中で「何が、もっと真面目に妥協せずにわがままを通そうよ、やのん!寝言は寝間で、屁は風呂でしいや!」と関西方面の怖そうなおばさんに言われたら、元関西方面で今も関東在住関西弁標準語化会議議長である僕も、一瞬ひるんで「そっ、そうかも知れないっすね」などと敵国語で答えてしまうかも知れない。

しかしですね、自慢するわけやないけど

僕もお金なんかありませんよ。貧乏ですから当然のことながら暇もありませんよね。住んでるとこは狭い賃貸のマンションです。将来の保証どころか1年先の保証もおまへんで。どやっ!まいったかあ!とゆーよーな関西方面のおばさんも真っ青(真っ青な関西のおばはんというのはシュールやねえ)な状況で生活しているからこそ「もっと真面目に妥協せずにわがままを通そう」と思うのかも知れません。それができるのかも知れません。
だって、白金の160平米のフラットに住んでるキャリア官僚みたいな人にとって「真面目に妥協せずにわがままを通す」なんてコンセプトは空疎な感じがしますもんね。
昔、石津謙介というヴァンジャケットを創った人が「たった四畳半だけの暮らしでも、わがままを貫き通してかっこいい環境で生活ができる」というようなことを言い切ってました。これは、僕の友人からの受け売りなんですけど、最近は「まったくそのとおり」だと思います。四畳半だからこそ、わがままでかっこいい生活を真面目に押し通すことができるのだと。

「もっと真面目に妥協せずにわがままを通そう」としても、それが、先ほどくどくどとお話しした「などなどあれこれ」の状況を、直接的に解決することにはつながりません。
それでも、真面目に妥協せずに「わがまま」を追求しようと思う人たちが、それぞれの「わがまま」を認めあいながらネットワークを組むことができれば、ひょっとしたら、持続可能で気持ちいい新しい生活環境の「兆し」を創ることができるのではないか……などと。
(このあたり、思いっきり説明をはしょってるので、「あなたの論旨がよめないわ」などとつぶやくきれいなおねえさんがいるかも知れません。そういうかたには個別に、念入りかつ情熱的にご説明してさしあげますので、ご用命くださいませ)
妥協と惰性の「小快適」から脱皮し、自分の「わがまま」を見つめ直して一歩踏み出すこと。それが以前からこの「E気配コラム」でお話ししていた僕の『疎開』なんですね。

わからない人はバックナンバーを読むべし!

またまた、話は変わりますけど、以前、友人たちと飲み会をやっていて、かなり頭脳崩壊的にテンションが高まってきたところで、なにか、画期的におもしろくてかつ前向きに現状打破なことをやりたいではないかなどと誰かがわめきだし、それならば、いろんな人を集めて、シチリアか対馬にコロニーを造って移住しようではありませんか、ということになって、なぜシチリアか対馬なのかはさて置いて、うん、それは実に実にすばらしい、ここに全員一致の血判状をしたため、必ずやの実現に向けて具体化計画をいざ練りあげん!で散会となったのですが、その後、誰に会っても「そのこと」には一言もふれられたことがない、という「情けなくも愛くるしい」プランがあります。
僕はあきらめずに、密かにNPO活動として実現することはできないだろうか、などと考えています。こちらがいわば『集団疎開』です。どうですか。なんか楽しそうだなと感じた人は

「……この指とまれ!」

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2003/09/01

自閉もけっこうきもちE!

E気配コレクション 030901

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

P1000169_s 今回こそお待ちかね?の「でかいそかい(疎開)」……なんか安直な語呂合わせみたいですけど……の話を、と思ってたんですけど、どうも考えをまとめるのが難しい。というか、年末からお正月にかけて連日連夜の宴会続きで、脳の細胞が一挙に3億4700万個ほど失われた感じで、なにを考えても考えがまとまらないという、まあ、考えようによってはお気楽ハッピーな状況なのです。
というわけで、何も考えられないので、今回はこれでおしまい!!……

……おしまい!!……

というわけにはいかないでしょうね。せめて宴会は一日おきくらいにしておけばよかったなあ。脳細胞だけではなく肝細胞もずいぶんいかれてしまったみたいですもんね。お正月休みが長すぎるのも考えものですね……などと、ぶつぶつ言いながら、とりあえず書き始めることができました。ここまで書き始められればもうこっちのもの。かな?
単にだらだらと前置きで字数かせぎしてるだけのような気もするんですけど。いつまでも前置きを続けられるものじゃあないですよね。そろそろ主題に入らねば、とは思うんですけど、その主題がなかなか姿を現してくれないのです。困りましたね。
いっそ、前置きだけで通してしまいましょうか。ひょっとすると、前置き、中置き、後置きという画期的な文章スタイルができるかも知れない……わけないですよね。

あっ、そうそう……と、ここでさりげなく何かの話を持ち出して、本日のメインテーマに結びつけて、ドラマチックに盛り上げたいところなんですが、あっ、そうそう……ん?…あっそうそう……しいん……はあ?……。

あっそうそう、お正月に映画見たんですけど、アーノルド・シュワちゃんの「シックスデイ」というやつ。混んでたわりには実につまらなかった。……で、話とぎれる。

あっそうそう、お正月には兵庫県西宮市の母親の家に行ってたんですけど、兄弟が集まってほとんど飲みっぱなしで、実に疲れましたねえ。……で、話とぎれる。

もうそろそろ主題に入らないと怒られるやろな。

こないだ新聞で読んだんですけど……今度は、うまく続けられそうな予感がする……今の中高生って、とにかく自分一人になる状況が耐えられないそうですね。これはずいぶん前から指摘されてきたことのようですけど。だから、一人でいる時でもずっと携帯でメールのやりとりなんかを絶え間なくやって、一人っきりになってしまう状況をごまかしているそうです。
一人っきりでいるって、そんなに耐えられないことなんでしょうかね。
きっと一人っきりという状況になると、考えたくないことを考えてしまうのが怖いんじゃあないでしょうか。友達とあまり意味があるようには思えない会話をだらだらと連ねたり、単なる言葉の反応だけでメールのやりとりをしている間は、自分の自信のなさとか、得体の知れない不安や恐怖心なんかは、少なくとも頭の表面には浮かび上がってきませんからね。
絶え間なく、何かアクションしていること。手帳に人との約束が隙間なく書き込まれていること。ちょっと時間があいたら、なんでもいいからメールのやりとりをできる人が15人以上いること。人と会っているあいだにも、できれば1時間に1本くらいは携帯にメールが入ってくること。……こうやって、自分の時間を人との関係で埋め尽くし、隙間をなくすことで

「ああ、俺の日々はけっこう充実してるなあ」

「わたしって取り残されてるわけじゃあないのね」などと感じ続けていたいわけですね。
こういうのって、そういえば僕の若い頃にも思い当たる節がいっぱいあります。

僕の場合、小学生の時はかなり活発で開放的な性格だったのに、中学から高校の前半にかけては非常に内向的で、どちらかと言えば自閉症気味の少年になってしまいました。とにかく自分の部屋に一人こもって、地図を眺めているのが大好きという典型的な「おたく」です。もっともその頃「おたく」という言葉には、「貴方の家」か「貴方」という以上の意味はありませんでしたけど。友人と話をするのがわずらわしくて、一人で地図の中をさまよい歩いているほうが、ずっとずっと開放的な気分を味わえたのです。前にも書いたけど、国土地理院の5万分の1の地図上で、例えば山から平野に開ける寸前の谷間の集落に立てば、まわりの地形がありありと浮かびたつほど、地図に慣れ親しんでいたんです。

ところが、高校2年の後半くらいになって、こういう状況を続けているのが不安でたまらなくなってきました。人と会うのを避けていたのが、人恋しくなってきた、というのとはちょっと違います。自分の日々が、なにか世の中から遊離してしまっていて、頭の中にいつも微熱みたいなものを感じながら、自分にこもっているのが苦しくなってきたんです。たぶん、人よりはずいぶん遅れて「世の中」の存在が目についてきたんだろうと思います。

こうなると僕の場合、かなり過激になります。

なにしろ5年ほどの「ひきこもり」状態で、人との接点をどう作っていけばいいかというノウハウがありません。そうすると過激なアクションで後先を考えずにつっぱしるしかないわけ。それで僕は「へんなやつ」になりきることに決めました。「へんなやつ」というのは「相当変わってるけどなんかおもろいやつ」という意味です。
髪はもちろんロングヘアにして、格好は首からじゃらじゃらぶらさげた鎖に、真紅のパンタロンなどという、うれし恥ずかしヒッピースタイル。断られても絶対にくじけることのないナンパの方法を編み出して、大阪梅田の「ファンキー」というジャズ喫茶で女の子をひっかけるナンバーワン(なんかホストクラブのにいちゃんみたいですけど)になったり、阪急東通り商店街で覆面をかぶって歩いて、まわりの人があまりにものけぞるので、ヤクザのお兄さんにミョーな連帯感をもたれたり、あげくの果てに何の根拠もないのに「俺はアーティストになるんや!」と宣言して、大学をドロップアウトしたり。……馬鹿みたいですね。……でも、断られても絶対にくじけることのないナンパの方法って、ちょっと知りたいでしょ。これは世に「あかんべマジック」と呼び伝えられたもので、ほんとは誰も呼び伝えてはくれてないんですけど、

その詳細は恥ずかしすぎて今は言えない!

まあ、これらすべてのことを、自分がやりたいから、自分がおもしろいから、自分が気持ちいいからやっていたのではなくて、人との接点を持ち続けていたいから自分を叱咤激励してやっていたような気がするわけです。ナンパするにしても、ちょっとかわいい女の子と見れば、条件反射みたいに後先を考えず、恥ずかしげもなくアプローチしていく「ちょっとアホなやつ」とまわりから見られることで、人との関係に成功している自分を作りたかったからだけなんです。ちなみに「ちょっとアホなやつ」という言葉を広辞苑でひいてみると「ちょっと常識はずれで性格が変だが、つきあっていると、ひょっとしたらおもしろいことがあるかもしれない人間」などとは書いてはいませんけど、まあ、そういう奴のことです。

…ふう、書いてるだけで疲れてくるわ。

書いてるだけで疲れるくらいですから、毎日こういうことを繰り返す日々は、相当に消耗します。それでもいったん得た「ちょっとアホでへんなやつ」という栄えある評価を維持して、僕はひとりっきりとちゃうで、人との関係の中で僕の毎日は充実してるぞ、という幻想を壊さないようにするためには、それを続ける以外に方法がなかったんですね。
僕の場合はけっこう過激なケースかも知れないけど、先ほどお話しした「絶え間ない携帯メールで、絶対に一人っきりにはなりません」君たちと、本質的には違わないように思うんです。なんか、しんどいですよね、実に。こういうのって。

その後、僕は7~8年おきくらいに、ちょっと自閉気味の状態と、かなりハイな外向的状況を交互に繰り返しながら今に至っているわけですが、最近はけっこうそのあたりの折り合いをつけるのがうまくなってきたようです。つまり、人と会っていても、自分ひとりきりでも、どちらも同じように、かなり気持ちよく遊べるようになってきたということなんです。
おとといの晩は「しんすけ」(近所の居酒屋です)で、深夜2時までばか騒ぎをしてすごく楽しかった。今夜は家で一人、ジャックダニエルなんかを飲みながらぼおっとしていたら、しみじみといい気分になってきた。自分の頭の中だけでとりとめもなく会話をしてるみたいなんですけど、不思議に暗くはならない。むしろ明るい赤みのピンクといった気配になる。それでいて、遠い異郷の酒場で一人グラスを傾けているような、少しセンチメンタルな気分がスイートで、すごく悪くないぞ。異郷は遠いに決まってますけどね。

こんな「一人遊び」を楽しめるようになったということは、僕が過激な外向状況と自閉気味状況を繰り返してきたのも、悪くはなかったなと思うわけです。

今の若い子は、自閉気味はずっと自閉気味で、ばかみたいに外向的なやつはずっと馬鹿に、とふたつに分かれてしまってるような気がします。別に、友達と会っていても30分おきに別の友達から携帯メールがはいってくるような奴に「自閉気味」になってみれば、なんてことは言いませんけど

「自閉」をこわがることはないとわかったら

そのうちに、もっといっぱい「気持ちいい」ことが見つかるのではないか……などと、お説教みたいなことを少しばかり垂れたところで、実は、僕はかなりちゃらんぽらんな人間なので、明日になったら、全然違うように考えてるかもしれない、と言い添えて……
おしまいにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/01

もっともっと疎開

E気配コレクション 030801

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

先月は「ごくごくささやかな疎開」についてお話しました。その最後には「来月はもっと大きな『疎開』のことをお話するつもりです」などとだいそれたことを書いてしまったものですから、大きな「疎開」の話をしないわけにはいかないのです。

ちょっと、しんどいですね。

R0010002_s ……ということで、いきなり大きな「疎開」の話もなんですので、まずは中の下くらいの「疎開」の話から始めたいと思います。

先月は、仕事机からダイニングテーブル方面にお仕事をもって「ささやかな疎開」をするお話をしましたが、そのバリエーションです。
……仕事を持って家の外に疎開する……
なんや、そんな話かいな……と思うでしょ。僕も、そんな話をくだくだするのは、あんまり気が乗らないんですけどね。でも、今のところそれくらいしかお話することがないという内容の貧困さですので、仕方ないじゃあないですか!

…などと開き直ってどうするねん。

話を戻しますが、よく小説家とか漫画家なんかが構想を練ったりするのに、仕事場ではどうしても煮詰まってしまうから、喫茶店やファミレスに行ってやるって話を聞くじゃあないですか。まあ、僕の場合もそのたぐいなんですけど、もっと徹底してます。
つまり、わざわざデスクワークをするために出かけるわけではないのです。もっと別の用事……例えばクライアントとの打合せに出かける、カメラマンの人に仕事を頼みに行く、資料を探しに大きな書店や図書館なんかに出かける(なんか、かっこよさそうなことゆうとるねえ、このおっさんは)、そんな時にですね、行き帰りの電車の中とか、行き帰りの車の運転中とか(これはちょっと危険がともないますが)、出かけた先でちょっと疲れたから喫茶店でひとやすみの時など。つまりですね、今は他の立派かつ高尚な目的があって「べつにいわざわざあおしごとなんかあしなくたってええいいのにいい」とゆーよーな時にですね、「ほんのついで、ついで」といった感じで仕事をしてしまうわけなのですよ。

これが実によろしいのですね。べつに仕事しなくたって損をしたことにはならない時間に仕事をしてしまう。あら、あたしって貧乏性なのかしら、などとわけもなく「おかま」ことばでちょけてしまうくらい楽なんですね。こういう状況で仕事をするのが。
特に考える仕事。新しいアイデアを練ったり、画期的なコンセプトを発想したりという「だいそれた」仕事ほど、これに限るわけです。
なぜか。
それはですね、ついでだから。べつに仕事をしなくてもいい時間だから。だから、仕事に対する心理的抵抗感が全くない状態で、すらすらと、すばらしいお仕事ができてしまうわけなんです。デスクまわりに重苦しくただよう「仕事に対する心理的抵抗感」から逃れて警戒に、ではなくて軽快に外に「疎開」してしまう。しかも、しかも、その疎開先ですーらすーらと仕事までできてしまう。

いいですねえ。かっこいいですねえ。

話は少しとびますが、僕は以前、真剣に「移動オフィス」を考えていたことがあります。よさそうでしょ。一年中、車でとろとろと走り回って、どこでもかしこでも仕事をしてしまうというものです。今みたいにインターネットやモバイル通信が普及していれば、これは決してできないことではないんです……が……このプランには致命的な欠陥があるのです。
それは「わざわざ仕事をしに」行けば、行った先々がじぶんちのデスクまわりと何ら変わらなくなってしまうに決まってる、ということなのです。たとえそこに富士山があっても、流氷があっても、まんじゅしゃげがあっても、ビッグウェンズデーがあっても、太融寺のホテルパリがあっても、きれいなおねえちゃんがあっても、です。「仕事をしに行かねばならない」という気持ちを引き連れているかぎり、逃れようがないのです。

それならば「旅行をして、ついでに仕事をすればいいじゃあないですか」という声あり。聞こえたわけじゃあないですけど。そそそそそそのとおおりい!しかし!しかし!僕はそれほどお金持ちではありません。てゆーか、まったくお金持ちではありません。てゆーか、どっちかとゆーと貧乏で、ひまもありません。こういうのをきっと「貧乏ひまなし」と言うのでせうね。

て、そのままやないですか。

そういう状況で先ほどのプランを実行するとどうなるか。
東京インターで東名高速にのって西に向かいます。いいですねえ。西には夢がありそうですねえ。西方極楽浄土なんて言うくらいですから、などと一人でわけのわからんことを口走りながらハンドルさばきも軽やかに……30分ほど走った海老名サービスエリアにあららと入ってしまう。ここで、まずいコーヒーをのみながら5時間くらいノートパソコンに向かわねばなりません。電源はシガーソケットから取ります。ペンティアム3などという装置をまわそとおもたらけっこう電気くうんやろなあ、などとつぶやきながら車はアイドリング状態にしておきます。バッテリーはだいじょうぶやろか、などと余念がちらちゅきます。そんなことはどうでもいいんですけど。まあ、それでも、やっとひとくぎりついたら、また東名高速に戻っててこてこ走ります。西の世界が待ってるぜ、などと思う間もなく40分ほどで、また富士川のパーキングエリアに降りてしまうのですよ。ここでまた、まずいミルクコーヒーかなんかをのみながら3時間ばかり仕事をしなければならんのですわ。そうしてると日が暮れてきます。「日暮れて、道遠し」……ああ、わたくしはいったいなにをやっているのでしょうか、と夜空のお星様に問いかければ、「なにが移動オフィスや!あほか!」と横の車のおっさんが代わりに答えてくれます。

移動オフィスの話は情けないからもうやめます。

……で、話は突然なんですけど「ねばならない」ではなくて「なんとなくおもしろいから」ということなんですね。…しかし、ほんとに突然ですね。

仕事って、実はけっこうおもしろいものなんです。ところがデスクの前に座ると、そのおもしろいはずのものが「ねばならない」ものになって、「ねばならない」とものすごく嫌になって、心理的抵抗感がむくむくになってしまう。
それが「なんとなく」という状況になると、「ねばならない」ことはないからけっこうおもしろくなってすらすらできるようになる。
そうなんですよね。きっと僕の考えてる「疎開」というのは「ねばならない」状態から「なんとなく」状態に逃げ出すことなんですよね。結論が見えないままに書き出したわりには

「なんとなく」辻褄があってきましたねえ。

日常生活でも「朝、起きねばならない」「飯を食わねばならない」「うんこしなければならない」「人と会わねばならない」「夜遅くなってきたから寝なければならない」なんて感じてるとしんどくってたまりません。でも、そんな気分になることがけっこうあります。
それが「なんとなくうんこしたくなったから、おもいっきりした」ら気持ちいい。「なんとなく人に会いたくなったから、人に会った」らすごく楽しいですよ。
生活のすべてを、できるだけそっちの方向に持っていくこと。できれば仕事も含めて「ねばならない」から「なんとなくしたいからする」という環境に近づけること。それが僕の「疎開」なんです。

などと、なんとなく結論めいたことまで書けたから(自分で勝手に納得してるだけですけど)、今月はここらでさっさとおしまい。今月も脱線ばかりですいません。結局「中の下の疎開レベル」に終始してしまいました。来月はもう少しスケールアップした「疎開」のお話ができるかもしれません。
そろそろ、夜遅くなってきたので

「寝なければ」なりません。

おやすみなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/07/01

仕事をひき連れて疎開すれば

E気配コレクション 030701

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

Img_080528b_2 僕は今、「疎開」というコンセプトを温めています。

戦争時の疎開ではありません。戦争時の疎開は空襲から逃れて安全な場所に移動することですが、僕の「疎開」は理不尽な束縛から離れて、本来ののびやかでおおらかな生活感覚を取り戻そうというものです。
大疎開としては、例えば田舎のほうへの「集団疎開」が考えられます。小疎開では、日常生活の中での「精神的疎開」というのもあるでしょう。いずれにしても「多少の不便さを積極的に受け入れることで、もっと自由を」というのが基本的な考えになります。
21世紀はきっとそういう時代になる……などと、勝手に言いきったところで、(ここまでは、先月のE気配コラム原稿のコピーで楽をさせていただきました)先月はお話をおしまいにしました。
今月は、僕の「疎開」についてもう少し詳しくお話したいと思います。

僕の仕事場はいわゆるSOHOです。

「ベリーベリースモールオフィスなホームオフィス」というやつです。それがうらやましいと思う人もいるようです。なにしろ、得意先に行く時以外は通勤ラッシュも知らないし、どうしようもなく二日酔いがひどい時は、とにかく電話の子機だけを握りしめてベッドで横になることもできるし、気が向けば、深夜の2時に起きだしてパソコンのスイッチひとつポンッで仕事を始めることもできます。

……ということは、実はどういうことなのかと言えば、強烈な風邪で39度近く熱があっても欠勤することはできないということであり(なにしろ事務所の中で寝てるようなもんですから)、休んでいる時にも、パソコンのスイッチひとつポンのところに「お仕事」が溜まっていて、それからは逃げられないということなんです。さらに、満員電車耐性が身についていないので、たまに非常にこみあった電車に乗りこんで、ちょっときれいなおねえさんなどが横にきたりすると、どぎまぎしてしまうという問題もあります。

最後のは冗談ですけど……

SOHOというのはけっこう大変なものなんです。なにしろ仕事の場と生活の場が重なって、上になったり下になったり、くんずほぐれつしてるわけで、そうなるとだいたいにおいて「仕事」のほうが勝ってしまうんですね。そうするとどうなるかと言えば、「生活」のほうがすごすごとひっこんでしまうんです。
「生活」がひっこんでしまった場で寝食をするというのは実に実に疲れるものなのですよ。夜中の3時頃にパソちゃんが頑張ってプリンターに「とっとと印刷せんかいっ!」などと命令なんかしたりして、プリちゃんジーコジーコとがんばって大量のプリントアウトなんぞをやっているところから、扉一枚へだてただけの場所で安眠できると思いますか?まあ、そんな時間にプリントアウトしなければいいんですけどね。

「もう!やっとれまへんっ!」

……で、どうするか。ごくごくささやかな「疎開」をこころみるわけです。一番問題になるのは、生活の場(時間的にも空間的にも)が仕事の場に犯されていることです。でも、仕事をやめるわけにはいきまへん。それに、まったく仕事に犯されることのない生活の場をつくるほどには、わが豪邸は広くありません。なにしろ寝室の中まで仕事の資料が山積みになってるんですから。
一番クリアな解決方法は仕事場を別に持つこと。しかしこれは、経済方面のあれこれなどがなにになる。とほほ……昔は、あなた、港区は高輪なぞに事務所を構えていたんですけどね、などとバブル期の栄華をしのびつつ……

では、どうする。よーするに「生活の場」が「仕事の場」になっているのが問題なんですから、それなら「仕事の場」を「生活の場」にしてしまえばいいんです。こういうのを逆転の発想と言うんですよ…なんて、単に言葉遊びじゃあないの、とおっしゃる向きもあるかもしれませんが。
つまり、事務所事務所してしまった家の中に、なんとか「生活空間」を確保して、そこに「疎開」して安心する……というのが実現不可能なのだから、それならもういっそのこと、お仕事を引き連れて「疎開」して、疎開先で仕事もやってしまいながら、疎開生活を楽しもうという発想です。

なんか、よおわからんなあ?

わかりやすいかたちとしては、まちがっても事務所にはなりようのない田舎の農家かなんかに移って、「自然」と「不便」に包まれながら、晴耕雨読みたいな感じで仕事ができればなあ、といった感じです。ただし、これではごくごくささやかな「疎開」とは言えませんね。それに、仕事自体は問題なくできても、やっぱり頬をすりよせて、ではなくて、顔をつきあわせて打ち合わせしないとどうもね、といった気分がまだまだ強い間は、田舎に疎開すると仕事がまわってこなくなる恐れが大です。

なになに、もっと簡単な「疎開」もあるんです。
僕の場合、仕事机で仕事をするのをやめてしまいました。メインの仕事場はダイニングテーブル。デスクトップパソコンや大きなファイルケースはダイニングテーブルに持ち込めませんが、20ギガのハードディスクのついたノートパソコンなら、これ1台でだいたいの仕事はこなしてしまえます。パソコンを電話回線に接続しさえすれば、インターネットでの調べものも楽々。なによりもいいのは、ダイニンゲテーブルの上で仕事すると、仕事に対する心理的抵抗感がすごく薄くなることなんです。だいたい僕の場合ですね、さあ仕事しなければと思って仕事机に向かっても、仕事を始めるまでがいやでいやで、ついつい関係のない本を読んでしまったり、やけくそ気味にソリテアにはまったり。で、とにかく仕事をしなければいけないと思うほどに、どんどんどんどん仕事がいやなものになってきて、これなら仕事をしてるほうがまだ楽やのになあ?と思うくらい仕事ができなくなってきて、それでもあせりといらだちに苦しみながら、インターネットで「すけべチャンネル」などという高尚なサイトを眺めているのが苦し楽しい趣味という「マゾ」的性格をもっているのですが、ダイニングテーブルの上だと、

うそみたいにすーっと仕事を始められるんです。

なにしろダイニングテーブルは仕事をする場じゃあないんですから、仕事をしなければいけないというプレッシャーが薄くなります。ダイニングの椅子なんかよりもガス圧リフト式のオフィスチェアのほうが人間工学的には仕事に向いているんでしょうけど、こちらはなにしろ「仕事に向いてる」というのがいやでたまらんわ状態なのですから、ダイニングチェアの「仕事に向いてない」感じがとても楽で、お仕事もはかどってしまうという具合なんです。さらに、もっともっと心理的な抵抗感をなくすために消音にしたテレビを垂れ流し状態にして、夜になったらお供え物のように、横にジャックダニエルの水割りとおつまみを置いて、置くだけではなく時々はお供え物をいただいたりして、できれば横にきれいなおねえさんも置いて……といきたいところですが、これはちょっとやめておいて……だらだらと仕事をしていると、ものすごくはかどるのですよ。これが。これってまさに、お仕事を引き連れて「疎開」して、疎開先で仕事もやってしまいながら疎開生活を楽しむ、という感じだとは思いませんか。

むかし、農家のおとうさんが

夜にいろりのある板の間であぐらをかいて、焼酎かなんかをぐびりぐびりしながら、わら縄を編んだりしてたじゃないですか。じゃないですかって誰に同意求めてるんや?そんなん知らんで?僕もほんとは知りませんけどね。まあ、いいじゃないですか。あれが、理想です。「仕事も」やりながらちゃんと生活してるわけですから、ストレスもたまりようがありません。もっとも僕たちの仕事は「縄を編む」ことではないので、それほどシンプルにはいきませんが、気分はいろりのあぐらのぐびりでお仕事といきたいものです。でなければクリエイティブなことなんてできっこないですよ……などと、ちょっと「ええかっこしい」してみましたが……

それでも、それでも100%完全に仕事から隔離されたいこともあります。そういう時はどうすればいいか。もっとも簡単なのは、外の「のみや」に疎開するというものです。これは実に気持ちよくて楽しい疎開です。ただしお金がかかりますので、毎日毎日「よい疎開」を繰り返していると、そのうちに辛くて寒くてひもじい「やな疎開」が待ちかまえていないともかぎりません。
そこで、家にいながら100%仕事から隔離される方法を考えました。それにはまず照明です。基本は白熱電球の間接照明。ただ、こればっかりで部屋全体を明るくしようとすると、夏は暑くてたまりません。そこで、天井には白熱灯の色とかたちをした蛍光灯を3つ単位でつけます。これを全部点灯すれば、仕事に必要な明るさは充分に得られます。しかも、電球色なので、仕事場にありがちな「うそ寒々しい」感じにはなりません。
そして、100%仕事から隔離されたいと思った時には、じゃああんと

天井の照明を消してしまえばいいのです。

色つきの大きい太字で強調するほどのことでもないんですけどね。それでも効果は「特太ゴシック体78ポイント級効果」をはるかに上回ります。天井を暗くして間接部分照明だけにすると、なんとなく空間が広く感じられるようになります。なによりも余計なものや汚いものが闇に溶け込むように見えにくくなります。見たい部分だけがよく見えて、見たくない部分はよく見えない、というのは飛行機から大阪の夜景を見るみたいに、実に気分のいいものです。銀座のクラブは無理でも、日暮里のショットバーくらいの気配にはならなくもありません。例が適切ではないようですけど。これだけで、70%くらいは仕事から解放された気分になります。さらに、お香を焚きます。強い匂いのものは逆効果になりかねないので、かすかに香る程度のものにします。沈香なんかがいいですね。これで仕事から解放され気分は15%程度上積みされます。
そこで、おもむろに、さきほど「お供え」にしていたものをですね、もう少しばかり濃いめにして本格的にいただくわけです。上積み効果は20%から50%に至ります。計算はお済みでしょうか。かるうく100%を超えますね。もう完全に「仕事ってどこ?明日のプレゼンってだれ?」状態です。これをわたしどもは

「空間演出による疎開効果」と呼んでおります。

……などと中途半端にきめて、今回はごくごくささやかな疎開について、「なんかよおわからんまま」にお話したところでおしまい。来月はもっと大きな「疎開」のことをお話するつもりです。ではまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/06/01

不自由な便利から、ちょっと不便な自由へ

E気配コレクション 030601

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

Img_030601a 先日、メインで使っていたパソコンがいかれぽんち気味になってきたので、新しいノートパソコンを買いました。ソーテックの安物のハイエンド機という不思議なマシンですけどね。デスクトップにしようか、ノートにしようかと迷ったんですけど、もう一台使っているノートがかなり古くて、プレゼンなんかに使うにはちょっと気がひけるようなしろものになったので、ノートに決めたわけです。

……で、いろいろと使用環境などという小難しくて面倒なものを整えているうちにですね、

7本ものケーブルがノートパソコンをがんじがらめに

するという状況になってしまったんです。まずマウスケーブル。ちょこっとデザインなんかもしたりしなければいけないので、タッチパッドではどうもいかん。次にLANケーブル。これも他のパソコンにバックアップをとったり、古いファイルを参照したりするのに不可欠。お次は電話回線への接続ケーブル。さらにウィンドーズCEのハンドヘルドPCと同期をはかるためのケーブル。さらにさらに、デュアルモニターを使うためにアナログディスプレーと接続するケーブル。デュアルモニターというのは、一台のパソコンで二台のモニターを連動して使って、デスクトップを広く広くするというもので、使いだすと便利すぎてやめられない。まだまだあるぞのデジカメ接続ケーブル。そして最後に一番かんじんな電源ケーブル。これで7本です。ふうう。

ほんとは、お仕事をちゃっちゃとするために、ICレコーダーとの接続ケーブルもつけておきたかったんですけど、もう駄目。これでも、プリンターへの接続はLANでやってるので、プリンターケーブルがないだけ、まだ多少はましかなといった状態です。太いプリンターケーブルまでつないでしまった日には、ちょっとした「緊縛マニア」になってしまいます。
デスクトップなら接続部分は大半がタワーの後ろに隠れてしまうので、ほとんど気にならなかったんですけど、ノートの場合はモニターのフタを閉じたら、あなた、マシンのお尻からお股にかけて、うじゃうじゃと麻縄……ではなかった、ケーブルがのたうちまくっていて、まさにSMの光景なのであります。

なにがモバイルや!
なにがアウトドアオフィスや!

7本ものケーブルをひとつひとつはずして、またつける手間を考えたら、せっかくのノートパソコンだというのに一歩も動かせないではないか!いくら便利な使用環境を整えても、デスクに縛りつけられていたのでは不自由きわまりないではないか!

便利はつくづく不自由だ!

最近、そんなふうに感じることが多くなってきました。

例えば「携帯電話」です。
僕はフリーに近いようなかたちで(自由に近いようなかたちでということではなく、限りなく零細なかたちで、という意味です)仕事をしている人間にとって、携帯電話は必需以上と言ってもいいでしょう。最近は携帯のほうが確実につかまるということで、仕事場にいても携帯電話にかけてくる人が多いので、いつでもどこでも、携帯電話と寄り添って生きていかねばなりません。色気はないですけど。
たしかに携帯電話は便利なしろものです。街を歩いていても、トイレに入っていても、ベッドにもぐりこんでいても、必要な時に電話をかけることができます。しかし……どんな所でも、どんな時にでも電話をかけられるということは、どんな所でも、どんな時にでも電話がかかってくるということですね。いくら軽量で、電話ケーブルから解放されているといっても、これでは、見えない縄でがんじがらめにされているようなもんです。
なら、回線を切っておけばいいではないか、と思うかもしれませんが、そうはいきません。誰かに携帯の番号を知らせるということは、その段階で、

自分を縛る縄を一本増やす

ということになるんですから。「僕はいつでもどこでも、あなたからの電話を受けることができますよ」という不自由きわまりない縄を。

話は変わります。うちから歩いて1~2分以内にコンビニが2軒あります。さすがコンビニエンスストアというだけあって、これは実に便利なものです。僕には「ビール癖」という、人には言えない秘められた悪癖があるものですから、ビールを買いだめしておくということができません。あればあるだけ飲んでしまうからです。サルなみですね。
……で、夜中の3時に突然、つめたああああああく冷えたビール(あたたかく冷えたビールというものがあれば教えてほしい)が飲みたくて、もうどうにも自分を抑えることができませんの……などという悶絶団地妻状態になった時にはどうすればいいか。簡単なことですね。小銭を握りしめてコンビニに行けばいいのです。ビールだけでなく、ピーナッツやスルメまで手に入れてしまえます。

トイレットペーパーが切れたからちょっとコンビニへ。(これは、トイレットペーパーが切れたことを知るタイミングが非常に問題ですけど、そんなことは、まあどうでもいい)ティッシュが切れたからちょっとコンビニへ。コーヒーペーパーが切れたからちょっとコンビニへ。どうも小腹がすいたからちょっとコンビニへ。クリーニングを出すのもちょっとコンビニへ。雑誌を買うのもちょっとコンビニへ。寝付けにくくて漫画でも買おうかとちょっとコンビニへ。電球が切れたからちょっとコンビニへ。

そんなこんなで、コンビニの蛍光灯がやたらうそまぶしくて味気のない空間に足を踏み入れると、きまって寒々とした気分を覚えます。コンビニを便利につかいこなしているはずの僕が、実は、生活のスタイルやテンポをコンビニに規制されてしまっているのではないかという感じ。たしかにコンビニは便利だけれども、その便利さゆえに、もっとのびやかであるべき生活のディテールが、なにかセコセコと分断されてしまうという感じ。ちょっとおおげさな言い方ですけど、コンビニ的便利さ(この言葉は「ビッグな大きさ」みたいですね、すいません)に飼い慣らされる不自由さを感じてしまいます。

他にも「便利さが不自由をまねく」ものはいっぱいあります。

車がそうですね。あれほど自由そうで不自由なものもない。それでも手放せないのは、ごくたまに非常に便利だからですが、ごくたまの便利さだけでは、ほんとは全然、勘定があわないんですけどね。
それから、電子メールもそうですね。FAXもそう。ビデオカメラもそう。エアコンもそう。それから、電子レンジもそうですよね。自動ドアもそう。あれもそう。これもそう。
だいたい、生活の中で便利さやちまちました快適さを維持するために、ご機嫌をうかがわなければいけない「もの」が多すぎるんです。便利さを得るために、実は多大な負担や不自由さを背負わされてしまう「もの」が多すぎるんです。
以前、どこかの自動車メーカーが「ものよりも思い出」などとほざいて、車という「うんち高いもの」を売りつけようとするコマーシャルがありました。みんな、その矛盾に半分は気づきながらも、「便利さ」や「快適さ」という20世紀の錦の御旗の前にひれふして、不自由さには目をとざしている状況なのかも知れません。今は。

僕は今、「疎開」というコンセプトを温めています。

戦争時の疎開ではありません。戦争時の疎開は空襲から逃れて安全な場所に移動することですが、僕の「疎開」は理不尽な束縛から離れて、本来ののびやかでおおらかな生活感覚を取り戻そうというものです。
大疎開としては、例えば田舎のほうへの「集団疎開」が考えられます。小疎開では、日常生活の中での「精神的疎開」というのもあるでしょう。いずれにしても「多少の不便さを積極的に受け入れることで、もっと自由を」というのが基本的な考えになります。
21世紀はきっとそういう時代になる……などと、勝手に言いきったところで、ちょっと書き疲れてきたので、今月のお話はおしまい。

来月は、僕の「疎開」についてもう少し詳しくお話したいと思っています。では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/05/01

「今、ここではないどこか」ではなく

E気配コレクション 030501

この文書は、以前に友人が係わっていた「健然」というサイトに書いたものの再録です。

Img_3289_s_2 20歳の頃、1年ほどヨーロッパに行っていました。何をしていたかと言えば、名目は留学で、実際は皿洗いとヒッチハイクの繰り返し。
ヨーロッパへの往路はソ連経由のパッケージツアー。なにしろ、これが一番安かったんです。横浜からナホトカまでは船。ナホトカからハバロフスクまで汽車に乗って、そのあとは飛行機で、日本を離れてから4日半目に、やっこらしょっと夜のモスクワに到着。おそろしく寒々としたモスクワで2泊して、ウィーンまで飛行機、さらに汽車に乗ってローマにたどり着く、という悠長というか、まわりくどい旅だったんです。

モスクワでツアーパックは解散し、そのあとは各人が別々の方向に旅立ちます。ウィーンを経由するのは僕一人でした。早朝にウィーンに着き、ローマ行きの汽車が出るのは夜の11時なんです。その間を過ごすために、一人でウィーンの街の中心部に行って、僕はぐわあああんと圧倒されてしまいました。なにしろ、いきなりの、一人きりの、はじめてのヨーロッパです。一応、空港でもらった市内の観光地図は持っていたけど、どこに行けばいいのか、皆目見当がつきません。なによりも、

どこでどうやって飯を食えばいいのか

わからなかったし、どこでなら小便ができるのかもわからなかった。そんなことを全く調べずに、そして日本語が通じないということがどういうことなのか、ろくに考えもせずに、日本を飛び出してきたことが悔やまれました。が、悔やんでももう遅い!

おまけに、10月末のウィーンの街はずいぶん寒かったのです。その寒い街を、どこかに立ち止まるのすら怖くて、ひたすら歩き回っていたわけです。飯は、とてもレストランなんかに入る勇気がでなくて、屋台のようなところで売っていたバナナを一房買って、なんや、日本のバナナとウィーンのバナナはいっしょやんか、などと、自分を鼓舞するために馬鹿みたいな一人ごとをつぶやいて、歩きながらむしゃむしゃです。小便のほうは公園の木陰に隠れて済ませました。もう少し大きいほうをしたくならなかったのが不思議でしたが、ありがたかった。きっと大腸もびびっていたんだろうと思います。今から考えればあほみたいな情けない話しですけどね。

そうやって、ひたすら追い立てられるように歩き回りながら、僕は、この石だけでできあがった怪異な都市に圧倒され続けていたんです。それまで見知った日本の都市とは全く違う街。古びていながら、巨大にして強固。寒々とした雰囲気を漂わせながらも、華麗で豪奢な都市の光景に、まともに「眼をとばす」勇気もでないままに

完全にのみこまれていた……

そんな気分だったんです。
「こんな感じのとこで、これから1年も過ごさなあかんのか」と思うとボーゼンとしました。しかし、ボーゼンとしながらも、胸はけっこう高鳴っていたんです。なんというか、自分は全く場違いなところに来てしまったけど、場違いすぎて淋しすぎて頼りなさすぎて、しかも相手はよそよそしすぎて強烈すぎて、なおかつ足は痛いわまた腹はへってくるわおしっこはしたいわまわりを歩く人の背はたかいわ顔は小さいわ銅像は居丈高だわ日は暮れてくるわ…で…これだけまわりに圧倒されると、けっこう感動してしまうものなんですね。「新鮮な衝撃」という言葉はこういう時に使わずに、どういう時に使うねん!という感じです。

……と、話しは今になります。

先日、いささか酔っぱらいながら深夜のNHKテレビを見ていたら、ウィーンの街の映像が映し出されました。酔いの後押しもあってか、いきなり20歳の頃に体験したウィーンのイメージが、うわああっと頭の中に拡がって、これまた、ジジイ化途上の酔っぱらい特有の現象として、思わず涙まででそうになったんです。こういう恥ずかしいことまでしゃあしゃあと書いてしまうのも、ジジイ化途上の酔っぱらいに特徴的なことかも知れませんけど。
それはさておき、今なら、そんなに無理をしなくてもウィーンには行けます。でも、20歳の時に体験したウィーンに行くことは絶対に不可能なんですよね。あんな「圧倒され尽くす」ような体験は、たぶん、これからはもうないのだろうと思うと、酔っぱらいはだいたいにおいて、涙ぐみそうになるものなんです。

僕は、子供のころからけっこう「日常的なもの」が苦手だったようです。「日常的なもの」が苦手だということは、いつも

「今、ここではないどこか」を求めてしまう

ということなんですね。その「どこか」にかなり近いレベルで現実に出会うことのできた希有な例が、いきなりの、ひとりきりの、はじめてのウィーンだったように思うんです。だからこそ、そのウィーンは、僕の頭の中で非常に強力なうるうるパワーを放つ「今、ここではないどこか」として、涙腺を緩ませてしまうわけなんだと思います。

「今、ここではないどこか」にはロマンがあふれていて、ドラマがあって、信じられないほど深く赤い夕焼けのあとに蛍が明滅して、街中にほのかに甘い香りが漂っていて、障子を開けると黒々とした海峡に雪が舞っていて、なにか少し危険な臭いがあって、エメラルドグリーンの湖まであって、街の灯りがちらちらしていて、遠くでひぐらしが鳴いていて、強い西日が摩天楼を金色に染めていて、なおかつきれいなおねえさんがいるわけです(あのときのウィーンとは様子がずいぶん違うではないか)……が…「今、ここではないどこか」はどこまで行っても「今、ここではないどこか」なんですね。「今、ここではないどこか」なんですから。

僕もある程度は大人になっているつもりですから、(ほんまにそうか?という声も聞こえてきますが)昼間、仕事をしている時にも、口をだらしなく開いたまま目をうつろにして「今、ここではないどこか」を追い求めたりすることはありません。今、ウィーンに行っても、20歳の時のウィーンには絶対に出会えない、ということも充分わかっています。なにか少し危険な臭いがあってなおかつきれいなおねえさんがいる、というシーンが

僕には全く似合わない

ということももちろん理解しています。それでも「今のここ」だけの平凡さに埋没しきるのがカッコイイという境地にまでは悟りきれていません。たぶん、一生、無理でしょうね。

なら、どうすればいいか。もう一度「今、ここではないどこか」を追い続ける紅顔の美少年(僕のことです!)に戻ってしまう、というのもひとつの手です。しかしこの方法では、飯を食う手段を失ってしまう可能性が非常に高く、しかも酒に酔った赤ら顔の年を食った美少年を「紅顔の美少年」と呼んでいいものかどうか、少し疑問が残ります。坂口安吾や壇一夫くらいになれば別でしょうけど。ならば、ならば、どうすればいいか。たぶん

「今、どこでもないここが、どこか」

になればいいのだと思います。別に言葉の遊びをしているわけではありません。今、自分の居る、他のどこでもないここが、ふわっと「どこか」になるような生活の「しつらえ」を、身のまわりの小さなところから、ひとつひとつ実現していく……そんなことを、いま、考えています。

このあいだ、少しだけ背伸びをして、高価な(といっても知れてますけど)「お香」を求めてきました。「沈香」です。焚いてみます。言葉にすると「仄かにたちのぼりながら見え隠れする抑制のきいた豪奢」といった感じでしょうか。でも、この言葉の数十倍は「いい気分」です。このお線香のたった一本で、「今のここ」は、ほんの少しだけど確実に「どこか」にスライドインします。そういうことが、日々の暮らしの中に創りだしてくれる「気配」を、大切にしていきたいものです。

……などと書いて、今回の駄文はおしまいですが、なんか、前半の話しと後半の話しのつながりに無理があるなあ。僕の頭の中ではぴたっとつながってたんやけどなあ。文章にしてみるとなんか違うなあ。……ということで、最後に言うのもなんなんですけど、この文章はこれ以上読み続けないほうがよろしいのではないかと、ご忠告申し上げる次第です。じゃん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)